hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【144】遠州湖北と国鉄遺産を訪ねて、再訪。・・・天竜浜名湖鉄道(47)尾奈駅 前半の部  


この尾奈駅は、昭和11年(1936年)12月の新所原駅から三ヶ日駅までの
国鉄二俣西線開通時に開業した古い駅である。
起点の掛川駅からは33駅目、58.1km地点、所要時間約1時間50分、
所在地は浜松市北区三ヶ日町下尾奈、標高6m、終点の新所原駅から4駅目、9.6km、15分になる。
なお、国鉄時代の昭和45年(1970年)から、終日無人駅になっている。

駅舎は、大きな二階建ての木造モルタル建築で、線路が築堤部にある為、
一階は階段のみ、二階に待合室とホームがある構造になっている。
また、屋根が寄せ集めの様にまちまちで、大きさの違う窓が多数あり、
複雑な外観であるのが、他の天浜線の駅と違う特徴だ。

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(尾奈駅外観。)

駅出入口付近を見てみよう。
高さが低い出入口には、取って付けた様な小さな出庇があり、
その奥は、白い縦板張りの木壁になっているのが、目を引く。

また、駅舎下半分は、縦向きのトタンが張り付けられているが、
元々は、他の駅と同様な横向きの腰板が張られていた。
出入口左の駐輪場の部分にも、倉庫と思われる引き戸があったそうだ。

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(尾奈駅出入口。)

駅出入口右側柱の上部に建物財産標があるが、
何故か、開業2年後の昭和13年(1938年)11月の登録になっている。
最初は駅舎が無かったのだろうか・・・なお、紺色の駅名標は天浜線の社名入りで、新しい。

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(建物財産標。)

また、出入口の天井は低く、白く塗られた木板が使われている。
入って右手の階段は、一枚板の踏み板を使った大変レトロな造りで、
国鉄時代の木造跨線橋と同じ雰囲気があり、歩いた時の木の独特な柔らかな感触が心地良い。

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(出入口に入ると、右手に一枚板を使った踏み板の階段がある。)

何回か、登り降りをして、その雰囲気や歩いた感触を楽しんでみよう。
階段の段差は低めで、折り返しの踊り場がある。
また、天井も高く、採光窓も複数あり、踊り場から上は縦方向の開放感がある。
なお、一階の階段の登り口の反対側は、倉庫として使われていたらしく、
今は、小さなアルミサッシの扉が付いている。

階段を登り切ると・・・十五畳程の広い待合室がある。
窓やホーム出入口も大きいので、大変明るく、道行く車や家々が良く見える。
傷んでいたらしい壁面は全面補修されているが、木窓枠や木造ベンチは昔のままだ。
このL形の小さな白ベンチと座布団が、とても良い感じで、
座布団は地元の人が持ち寄ったものだろう。

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(二階にある待合室。床の白い部分が、旧出札口の位置らしい。)
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(角にあるL字ベンチ。)

かつては、出札口と鉄道小荷物窓口があったが、撤去されたそうだ。
床の白いコンクリート外縁から、窓の間の壁までを結んだラインに壁があり、
待合室の広さに対して、ベンチが小さく、L字であるのも、その関係と思われる。
また、道路側の二段窓は3+2列だが、元は、待合室3列+駅事務室4列だったので、
壁の後ろに元駅事務室の空間があるはずだ。

最近、補修された感じの低い階段を上がり、待合室からホームに出てみる。
駅舎の壁には、鉄道電話箱と古い木製駅名標が掲げられている。
ホームは、嵩上げ工事と点字ブロックも設置され、綺麗にリニューアルされている。

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この尾奈の地名は、奈良時代に編纂された万葉集・巻十四の東歌(あずまうた)に、
「乎那(をな)」と記されている事から、相当古い由来になっている。
古来の正しい地名記述は、「おな」ではなく、「をな」との事。
また、平安時代のこの一帯は、伊勢神宮の神領(※2)になっていたそうで、
承暦4年(1080年)5月8日の源経信(みなもとのつねのぶ/1060年生-1097年没、
当代一の歌人として有名だった。)の日記「師記(いちき・経信郷記)」にも、
「尾奈御坊」の記述が見られるそうだ。

尾奈の地名の由来は、伝説によるそうで・・・
平安時代末期、平治元年(1159年)の二條天皇(にじょうてんのう)の御代の頃、
天皇の勅命を受けた源頼政(みなもとのよりまさ/1104年生-1180年没)が、
物の怪(妖怪)として恐れられていた鵺(ぬえ※3)を退治し、
その体がバラバラになって、この地に落ちてきたそうだ。
その体の頭の部分が、奥浜名湖駅近くの鵺代(ぬえしろ)、
胴の部分が胴崎(堂の崎/三ヶ日町宇志付近)、尾の部分が、この尾奈であるそうだ。

駅舎はホーム南側に、やや寄っており、駅舎南側の独特なスラントと大きな開口部がある壁が特徴だ。
旅客上屋の屋根の一部が剥がれているが、先日の台風の被害かもしれない。
また、駅舎の南外壁軒下には、古い受電線用碍子が並んでいるのが見える。

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(尾奈駅全景。)

北側の三ヶ日方は、隣駅からの小さなサミットを越え、
緩やかな長い下り坂が続いているが、駅構内は水平になっている。

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(三ヶ日方。)

ホームの建植式駅名標は超短足で、看板はリニューアルされている様だ。
並びの名所案内看板には、「景勝地・瀬戸 南東1.5km」と書いてあり、午後に車で訪問しよう。
ホームの北端には、高さが低い客車ホームと枕木製の柵があり、国鉄時代の雰囲気を残している。

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(国鉄風の建て植え式駅名標と観光案内板。)
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(三ヶ日方の旧ホーム部分。此方側は、もう使われていない。)

南側の新所原方は、踏切先に鉄橋の堤防部がある為、18‰の短い登り坂になっている。
線路横に置かれた切断レールは、レール置き場の土台らしい。
左の道路は、新居町と三ヶ日方面を結ぶ国道301号線になる。

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(新所原方。)

また、この時間帯は、地元高校生達や通勤の社会人が、次々に駅にやって来て、
ローカル線の静かな通勤通学ラッシュとなる。
朝7時から8時の時間帯は、約15分毎に、上下列車が交互にやって来る。



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2015年12月3日再編集
2016年7月24日再編集(記事分割・文体変更。文章追加・画像整理)

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category: 天竜浜名湖鉄道再訪編 13話

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