hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【58】哀愁の国鉄ローカル線を追って・・・樽見鉄道(1)名古屋駅から、大垣駅へ。  


一昨日の長良川鉄道訪問と昨日の伊勢志摩めぐりの旅を楽しんだ後、
更に延泊して、名古屋駅前の某ビジネスホテルで宿泊した。
美濃三鉄めぐりの旅の4日目は、岐阜県西部の大垣を起点とする樽見鉄道に訪問しよう。

今日は、「朝一番、早起き、始発乗車。」の掟は守らずに、
朝食をゆっくり食べて、7時30分にホテルをチェックアウトし、名古屋駅に向かう。
平日の朝なので、通勤通学の人々で、駅はごった返している。
なお、天気は、徐々に下り坂で、晴れ時々曇りの予報になっている。



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名古屋752======826大垣
東海道本線下り2105F列車・特別快速大垣行
313系8両編成(Y110編成・8号車・クモハ313-5010乗車)
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樽見鉄道が接続する大垣駅までの740円の切符を買い、東海道本線下りの6番線ホームへ向かおう。
名古屋駅7時52分発の特別快速・大垣行きに乗車すると、
名古屋とは逆方向の為か、七割位の着席で全く混んでいない。
線形が良い東海道本線を西に向かって快走し、木曽川を渡り、直ぐに岐阜駅に到着。
発車後は、長良川と揖斐川(いびがわ)の濃尾三川を渡り、
所要時間約30分で、大垣駅1番線に到着する。

列車は、折り返しの快速豊橋行きになり、大勢の人が入れ替わりに乗車する。
昔、名古屋口では、国鉄117系が新快速として運転していて、
初めて乗車した時には、国鉄の新機軸を感じた思い出がある。

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(大垣駅に到着。折り返し快速豊橋行きになる。)

この大垣は、濃尾平野の北西部に位置する岐阜県第二の都市であり、
大垣城を擁する城下町で、ほぼ日本の中央の位置にある。


(国土地理院国土電子Web・大垣付近。)

市人口は約16万人、15本の一級河川の流れと地下水が豊富な「水の都」であり、
夏は高温多湿、冬は「伊吹おろし」と言う西からの強い寒風が吹く、寒暖差の厳しい風土だ。
西には、近江との境である伊吹山(標高1,377m)と、その東麓にある関ヶ原が控えており、
此処を越える為、古くから東山道(後の中山道)の交通の要衝地として栄えた。
なお、大垣の地名は、水害から防ぐ大きな垣根を家の周りに巡らしていた事が、由来だそうだ。

関ヶ原は、言わずもがなの天下分け目の関ケ原の戦い(1600年)の他、
壬申の乱(672年)の後に設置された、日本三関の関所のひとつの「不破の関」があった場所だ。
また、駅の南方500mにある大垣城は、関ヶ原の戦いの西軍の根拠地として、石田三成が入城した。

この大垣駅は、国鉄の前身である官設鉄道の駅として、明治17年(1884年)5月に開業。
JR東海道本線、樽見鉄道(旧・国鉄樽見線、昭和31年・1956年開業)と
養老鉄道(大正2年・1913年開業)の接続駅として栄え、
かつての大垣夜行やムーンライトながら号の終着駅としても有名だ。
関ヶ原の鉄道的難所や名古屋経済圏の人的移動方向から、
豊橋・名古屋方面からの列車も、この駅で折り返す事が多くなっている。
また、駅の西方には、関ヶ原越えの蒸気機関車の補機を置いていた大垣機関区があり、
現在は、JR東海大垣車両区として使用されている。

駅は、駅ビルの「アピオ」に、南口改札が直結した橋上駅で、現在改装中になっている。
ホームは、五面七線と側線、乗り場は7番線まである大きな駅で、
養老鉄道線のホームは別に隣接し、1番線ホームにある連絡改札口で結ばれている。
また、東海道本線の支線である美濃赤坂支線と垂井支線も、この駅から分岐している。

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(JR大垣駅ホーム。)

改札は出ずに跨線橋を渡り、北側の6番線ホームに向かおう。
名古屋寄りのホーム端に、樽見鉄道の乗り場があり、向かう人はあまり居ない様子だ。

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(北側の6番線ホームへ。)

ホーム上にプレハブ風の詰め所があり、樽見鉄道の駅事務室と切符売場がある。
色々とポスターや写真が貼ってあり、改札は設置されていない。
出札口の営業時間は、朝8時から夕方4時までで、1日フリー切符を駅員氏に発券して貰おう。

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(樽見鉄道の駅事務室。)
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(1日フリー乗車券。うすずみ温泉の入浴券が付いている。)

外壁に掲げられている駅時刻表を見ると、朝夕のラッシュ時は1時間に2本、日中は1本程度で、
終点の樽見行きと本巣(もとす)行きが、大凡、半分ずつになっている。

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(駅時刻表。)

6番線に本巣行き8時40分発が、既に待っている。
この部分は切り欠き状になっていて、手前の凸部分に7番線があり、
朝の7時48分発本巣行きの1本だけが、このホームから発車する。

6番線の北側には、架線のある側線も敷かれているが、使われているかは不明である。
かつては、駅周辺の工場への引き込み線があったそうだ。

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(6番線に入線している、下り本巣行き列車。)

樽見鉄道は、全線非電化路線の為、気動車のワンマン運転になっている。
このハイモ295-516は、樽見鉄道標準塗色である水色地に紅白帯の爽やかな塗色で、
貫通扉に社章が入り、豪雪地帯の路線である為、大型のスノープラウ(排雪器)を装着している。

早速、乗車しよう。発車前に、運転台を覗いてみる。
平成17年(2005年)導入の新しい車両なので、最近の軽快気動車の標準的な仕様になっている。

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(ハイも295-516の乗降ステップ。)
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(ハイモ295-516の運転台。)

大垣市観光協会公式HP



相互リンクをしている、しなの7号様が、国鉄117系の詳しい記事をアップされています。
【97】から、三部構成になっており、現在のJR東海仕様の117系も紹介されています。
昭和の鉄道員ブログ「【97】乗務した車両:117系電車(1)中京地区への導入」

また、国鉄樽見線の頃の様子や転換後の樽見鉄道についても、アップされています。
続く、【188】と【190】番記事の三部作になっています。
昭和の鉄道員ブログ「【186】樽見鉄道との付き合い 1 :国鉄樽見線時代」



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2015年11月25日再編集
2015年12月23日加筆
2016年6月28日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)
2017年1月8日再編集(全画像再処理入れ替え)

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