hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【56】清流長良川と奥美濃を訪ねて・・・長良川鉄道(21)美濃駅下車観光 その2 美濃旧市街 前半の部  


更に、長良川のある方向へ、歩いて行く。
信号機のある大きな交差点を渡り、直進すると、T字路に突き当たり、
そこを右折して暫く歩くと・・・古い街並みが見えて来る。



旧市街地の入り口にある観光地図を見ると・・・
長良川と現在の国道に並行して、東西に「目」の字が横になったエリアが旧市街地で、
国の重要伝統的建築物群保存地区になっている。
この通りは、そのままの「目の字通り」と言われているそうだ。

IMGP5104.jpg
(上が美濃市駅になっており、上の地図とは逆さまである。)

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの際、
郡上八幡城を攻めた飛騨守の金森長近(かなもりながちか)が、徳川家康に武功を認められて、
当時、上有知(こうずち)と言われていたこの美濃町を治めたと言われている。
長近は、上有知藩主として、長良川沿いにある小倉山に小倉山城を築き、
上有知湊と言う川湊も開いて、殖産興業と城下町の整備を行った。
また、中山道から郡上八幡方面を結ぶ郡上街道の宿場町でもあり、
北西方向の霊場高架山(こうか-)に至る高賀街道と言う街道も、此処から分岐していた。

長近の没後は、実子の長光が上有知藩主を継いだが、
関ヶ原の戦い後の慶長16年(1611年)に、7歳と言う若さで夭逝(ようせい)してしまった。
跡取りがいなかった為に上有知藩は改易廃藩されて、江戸幕府の直轄領(天領)になり、
後に尾張藩に組み込まれている。
その後も、長良川流域の物資の集積拠点や有名な美濃紙の産地として栄えた。

旧町名は、「上有知町」だが、明治末期に美濃紙にちなんで「美濃町」に改称され、
市町村合併を経て、「美濃市」になっている。
また、旧市街地の「うだつが上がる町並み」が有名であり、
塗り込めの壁、土蔵や格子窓等、京の文化の影響がある美しい街並みが、江戸時代から残っている。

通りを進んでいくと、新しい住宅に混じって、広い通り沿いに旧家が点在している。
もう、夕暮れ時になっている為か、観光客は少ない。

IMGP5087.jpg
(目の字通り南側の旧二番町付近。蔵元小坂付近の町並み。)

国の重要文化財指定の小坂家【酒マーカー】は、うだつがある代表的な旧家になっており、
江戸時代からの造り酒屋だそうで、現在も地酒の製造販売をしている。
江戸中期の安永元年(1772年)頃の建築、間口は約11m・奥行約16mの二階建て、
敷地は奥に広く、約1,500坪の大邸宅である。現在も、住居兼店舗として利用されている。

IMGP5121.jpg
(小坂家。)
IMGP5122.jpg
IMGP5089.jpg

小坂家は、うだつが3本ある立派な造りで、国の重要文化財になっている。
中央のうだつは、明治時代に改築された際に一部取り除かれており、表からは二本に見える。
また、むくり屋根と言って、全体的に盛り上がっているのが特徴だ。

【蔵元小坂酒造所】
屋号・「清酒百春」蔵元小坂酒造所
住所・美濃市相生町2267番地
営業時間・朝9時から夕方5時まで
定休日・年末年始
見学・無料?(屋内展示あり。蔵見学が出来るかは不明。)

代表銘柄の清酒「百春」は、なめらかで淡麗な味わいの地酒との事。
また、春先には、恒例の蔵開きがある(詳しくは要問い合せ)。
小坂酒造所 公式HP

蔵元小坂の並びに、古民家風カフェのアベイユ・エス【赤色マーカー】がある。
元は八百屋で、そのまま残されたスケルトンの大看板がレトロだ。
レッツぎふぐるめ アベイユ.エス

IMGP5124.jpg

この通りから、もう一本川寄りの通りの旧一番町に行ってみよう。
小坂家前の狭い横丁を100m程歩くと・・・この通りも、道幅が広い。
交差点角から東側を見ると、旧家がずらりと並んでおり、壮観だ【カメラマーカー】。

IMGP5092.jpg
IMGP5091.jpg
(目の字通り北側。旧一番町の町並み。)

うだつの道路側下端部には、鬼瓦や装飾が付いており、家々によって異なる。
しかし、先程の小坂家は初期のうだつの為、鬼瓦が無い様式になっている。
当時、うだつの出来を競い合っていたと言われ、
元々は火事の延焼防止の為のもので、裕福な家しか造れなかったそうだ。
「うだつが上がる」、「うだつが上がらない」は、此処からの由来である。

IMGP5118.jpg

通りの一番東側にある大石家【青色マーカー】は、掛け軸や額等を作る京表装の店である。
明治5年(1872年)の建築、うだつ建築としては最末期のもので、究極の装飾が施されている。
なお、明治に入って暫くすると、隣家との権利上の関係で、うだつは建てられなった。

庇の上の小さな観音開きの箱は、屋根神様こと、火除の神様「秋葉神社」の祠である。
木造の美しい街並みが続く町を、火災から守りたい気持ちを感じる所だ。
しかし、この城下町も、江戸中期の享保13年(1728年)に大火があり、焼失してしまっている。
この後、この様に道路が広げられ、うだつが造られる様になったそうだ。

IMGP5119.jpg
(大石家。大石華表堂と言う屋号になっている。)

大石家から少し戻ると、同じ並びに、旧今井家がある。
江戸時代末期、庄屋を務めた美濃和紙の豪商で、現在は美濃市の史料館となっている。
江戸時代中期頃に建築され、板葺き石置き屋根だったが、
明治の頃の一部増改築時に瓦葺きになったそうだ(屋内見学は有料)。
美濃市 公式HP 観光案内 旧今井家・美濃史料館

IMGP5098.jpg
(旧今井家。現在は、美濃史料館になっている。)

100坪近くある立派な大邸宅は、江戸時代の商家そのままの風情が残り、
映画等のロケにも使われるそうだ。
この今井家のうだつ飾りは、質素であるが、これが初期のものだそうだ。

IMGP5103.jpg
(旧今井家のうだつ。やや低く、装飾も簡素である。)
IMGP5099.jpg
(美濃市の指定文化財になっている。開館時間は、夕方16時頃まで。)



にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ

2015年11月24日再編集
2015年12月23日加筆
2016年6月17日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)

© hmd All Rights Reserved.
記事や画像の転載、複製、商用利用等は固くお断り致します。

category: 長良川鉄道 全22話

thread: 鉄道旅行 - janre: 旅行

tb: --   cm: --