hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【46】清流長良川と奥美濃を訪ねて・・・長良川鉄道(11)郡上八幡観光 その1 鍛冶屋町・職人町  


さて、郡上八幡(ぐじょうはちまん)の途中下車観光に行こう。
乗り鉄と言われる鉄道旅行ファンは、鉄道だけ乗る人も多いが、
鉄道に密接に関係して発展してきた地元の町並みを散策するのも、大変面白い。

この郡上八幡は、鎌倉時代の初期から、この地の為政者が郡上一円の拠点としていた場所である。
安土桃山時代以降は、山城が築かれ、今も奥美濃エリアの中心地になっている。
長良川、その支流の吉田川と小駄良川(こだらがわ)の3つの川が集まる
狭い谷間に発達した城下町になっている。

古い城下町の街並み、多くの寺院と豊かな水が流れる水路が縦横に張り巡り、
「奥美濃の小京都」や「水のまち」と言われ、郡上おどりの里としても有名である。
関東等の東日本在住の人にとっては、場所柄の為か、あまり知られていないが、
近畿や中部エリアでは、有名観光地になっており、観光客も大変多い。
なお、平成4年(1992年)に市町村合併した為、北の美濃白鳥町まで、郡上市になっている。
現在の市人口は、約4万4千人との事。



バッグを駅のコインロッカーに預けて、貴重品とカメラのみの手ぶらになろう。
天気は予報通りの快晴で、気温も上がり、春としては暑い位である。

駅前にある大きな観光案内板を見ると・・・
中心地は、吉田川と小駄良川が合流する付近になり、かなり駅から離れている。
市内循環バス(1回100円)もあるが、天気が良いので、徒歩で行こう。

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吉田川の堤防【赤色ライン】に上がって、涼みながら行くが・・・
かなり暑く、汗を拭いながら歩く。
吉田川は水量も多く、川底の小石が見える程に水も透明で、遠くの山々もとても綺麗だ。

この吉田川は長良川最大の支流になっており、鮎やあまご(川鱒)が釣れる。
鮎は、「郡上鮎」としてブランド指定されており、毎年6月6日が漁の解禁日になっているそうだ。

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(吉田川の堤防は、吉田川親水遊歩道が整備されている。)

そのまま、徒歩20分程、堤防を歩いて行くと・・・
小駄良川の合流地点の郡上八幡城と宮ヶ瀬橋【赤色マーカー】が見えてくる。
この宮ヶ瀬橋は、町を代表する橋で、江戸時代の城下で唯一、吉田川に架かる橋だった。
また当時は、郡上街道、越前街道(郡上八幡-白鳥間の今の国道156号線)、
清見街道(旧郡上街道・郡上八幡-高山間)の三つの街道が交差する辻であった。

良く見ると、家屋が吉田川に迫り出しているが、これは川座敷と言われるものだ。
かつて力のあった商家が、川の涼を楽しむ為に建てた別邸との事。
上を見上げると・・・郡上八幡城【黄色マーカー】は急峻な八幡山の頂にあり、意外と小さく見える。

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(宮ヶ瀬橋と郡上八幡城。)

今日は祝日なので、観光客も大変多い。
まずは、宮ケ瀬橋を渡って直進し、観光客で混んでいる中心地の本町を抜けて、
鍛冶屋町【青色マーカー】と職人町【緑色マーカー】へ行ってみよう。
城から見ると、一番西の山際にある町で、小駄良川に並行して、南北に街並みが連ねている。



郡上八幡を代表する城下町のひとつで、江戸時代からの職人や商人の町である。
その名の通り、当時は鍛冶屋、職人、商家や医者が多く住んでいたそうで、
観光化されておらず、古い街並みが残っている地区だ。


(グーグルマップストリートビュー 郡上八幡鍛冶屋町・職人町)

突き当たりの一番奥には、大きなお寺があり、門前町の造りになっているのが特徴だ。
家々は、宿場町の様に、間口は三間から三間半(5.5-6.4m)程度で狭く、
奥に長い建物になっている。国の重要伝統的建造物群にも指定されている。

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(職人町。)

両側の軒先には用水路が流れ、水の音が奏でて、良い雰囲気である。
また、隣の家との間には、仕切りの壁「袖壁」があり、防犯と防火の役目がある。

木造の旧家が立ち並ぶので、消火用バケツや半鐘が、軒先にかかっている。
水量豊富な用水路から、水を掬って消火する為だろう。
郡上八幡は、過去二度大火に見舞われており、火事には大変神経を使っているそうだ。

なお、道の両脇に流れる水路は、江戸時代の寛文年間(1660年頃)に、
城主の遠藤常友(えんどうつねとも)が、防火の為に4年の歳月をかけて造ったものである。

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(これは、消防用ではなく、豆腐屋の看板になる。)

民家は間口が狭く、奥に広い構造で、京風の格子が付いている家が多く見られる。
大正から昭和初期の建物が多く、一部の民家の軒下には、雲形の装飾がある。
やはり、明治以前の建物が無いのは、大火の影響であろう。

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一番奥の突き当たりには、光耀山長敬寺(ちょうきょうじ)がある。
城下にある13もの寺院のひとつで、江戸時代の慶長6年(1601年)に、
当時の郡上藩初代藩主の遠藤慶隆(えんどうよしたか)が、
古今伝授(※)の祖といわれる東常縁(とうつねより/古今伝授の名門)の玄孫(やしゃご)の
正勧坊正欽と言う高僧を招いて、菩提寺として建立した。
宗派は浄土真宗大谷派、本尊は阿弥陀如来で、境内の大きなしだれ紅桜が、見処になっている。

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山門を潜った先には、立派な本堂があり、しだれ桜も少しだけ花が残っている。
また、境内には、初代藩主の遠藤慶隆の墓もある。
近くには、大乗寺、蓮生寺、浄因寺もあり、寺院が集まっているエリアになっている。

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(※)古今和歌集の解釈を、秘伝として師から弟子に伝えたもの。
   室町時代の武人・東常縁から宗祇に伝えられ、以降、伝授された。

2015年11月24日再編集
2015年12月23日加筆
2016年6月12日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)

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category: 長良川鉄道 全22話

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