hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【346】初夏の大洗鹿島線紀行 その1「勝田から水戸へ。」  


さて、平成29年(2017年)のゴールデンウィークである。
皆一斉に休みになり、大混雑するので、期間中はどこにも行かないと決め込んでいたが、
家にいるのも酷く退屈になってきて、急に思い立った様に近場に出かけることにした。

最近、あまり行ってない地方ローカル線で、関東近県であることを条件に検討した結果、
茨城県中部・水戸近隣のひたちなか海浜鉄道への1泊2日の取材に出かけたのである。
今、2日目の夜19時過ぎ、本社・中核駅である那珂湊(なかみなと)駅にいるところだ。

今日中に東京へ帰る予定であったが、気分が良く、明日の天気も引き続き良いそうなので、
某路線バスの旅番組よろしく、昨晩泊まった勝田駅前のビジネスホテルに延泊をお願いして、
明日ゆっくり帰ることに決定した。
なお、ひたちなか海浜鉄道については、後日の長編記事にて、詳しく紹介しようと思う。



翌朝の5月4日、ゴールデンウィーク後半連休の二日目である。
今日は本取材ではないこともあり、少しばかりゆっくりと、7時過ぎに起床。
素泊まりなので、朝食は駅で取るつもりだ。その後、水戸駅に向かおう。
雲は多いが、時々晴れの天気予報で、気温も20度近く上がるそうだ。

ホテルをチェックアウトし、徒歩3分ほどで、勝田駅東口に到着。
改札口のある二階コンコースに、エスカレーターで上がる。
国営ひたちなか海浜公園のネモフィラの丘が満開なので、この朝の早い時刻でも観光客が非常に多く、
駅も公園への直通バスのりばも混雑している。また、東京方面へ観光に出かける感じの地元の人も多い様子だ。

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(JR勝田駅東口。明治43年に開業した古い駅で、1日1万人以上の乗降客がある大きな駅だ。)

電車に乗る前に、朝食を取っておこう。
常磐線上野方面上り2番線ホームの日立寄り橋下に、小さな駅蕎麦屋がある。
一見、普通の駅蕎麦屋であるが・・・ここは都内と比べて、とても蕎麦の味が濃く、旨い。
昔から、勝田駅に下車した時は、必ず寄っている店だ。
昼までの腹持ちを考えて、天ぷら蕎麦を注文。つゆも濃い目であるのが、常陸(ひたち)風なのであろう。

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(勝田駅上り2番線ホームの駅蕎麦屋。店内は仕切られており、駅前ロータリー側からも利用できる。)
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(天ぷらそば。税込み430円。不思議に、一度食べると、忘れられない味だ。)



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勝田0759======0805水戸
JR常磐線・上り532M水戸行(10両編成)
※時刻はダイヤ通り、約2分遅れで運行。
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美味しい蕎麦を食べ終わり、そのままホームで待っていると、7時59分発の普通水戸行き列車がやって来る。
水戸駅は隣駅なので、路線キロ5.8km・6分程度の乗車であるが、2分ほどダイヤが遅れているらしい。
10両編成の乗客は少なく、シートに疎らに座っている程度の乗車率で、
今日は祝日の休校日であるが、部活動の自主練習に行くらしい高校生達も結構乗っている。

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(2分遅れで、水戸駅3番線に到着する。列車は、折り返しのいわき行きとなる。)

朝8時7分、水戸駅3番線に少し遅れて到着。一度、改札を出てみよう。
この水戸は、那珂川(なかがわ)河口から10km遡った河岸段丘南岸にある大きな街で、
茨城県の県庁所在地として、また、徳川御三家のひとつの水戸藩が置かれた歴史ある街だ。
交通や物資の集積地としても、古くから栄え、国鉄時代は常磐線要の水戸機関区も置かれており、
常磐線、水郡線、水戸線(友部から乗り入れ)と鹿島臨海鉄道(大洗鹿島線)の乗り換え駅になっている。

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(水戸駅改札口。)
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(上野方の水戸機関区跡。側面に流星マークのある、「星釜」の国鉄EF81形電気機関車が留置されていた。)

水戸といえば、一般的には、光圀公(みつくにこう)こと、「黄門様」や「梅」が有名であろう。
市内には、梅の名所として名高い偕楽園(かいらくえん)や水戸城の外堀であった千波湖(せんばこ)、
水戸藩由来の史跡などがあり、歴史散策観光も楽しめる街である。
丁度、こいのぼりまつりを開催しているそうで、運動会の様に鯉のぼりが連なって、風に泳いでいる。

水戸駅は大きな駅ビルになっており、水戸城址・旧市街地側の北口に出ると、そのまま空中歩道になっている。
右手には、おなじみの黄門様と助さん格さんの銅像もあり、記念撮影にもってこいだ。
また、大きなバスターミナルが下にあり、水戸市内や内陸部への路線バスが沢山発着している。

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(水戸駅北口と駅ビルのエクセル。)
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(水戸黄門と助さん格さんの銅像。テレビの時代劇で、お馴染みだ。)
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(デッキ下のバスターミナルと駅前。白バスは茨城交通、青バスは関東鉄道である。)



今日は、この水戸から、太平洋側の鹿島臨海鉄道大洗鹿島線に乗って、
鹿島神宮、佐原と成田を経由し、東京に帰ろうと思う。できれば、途中下車観光もしたいところだ。
この鹿島大洗線は、茨城県南部の太平洋側にある大洗、鉾田(ほこた)を経由し、鹿島まで南下する
単線非電化のローカル線で、那珂湊対岸の大きな港町・大洗と水戸を結ぶ連絡線にもなっている。

ちなみに、那珂川(なかがわ)河口付近まで、左岸にひたちなか海浜鉄道、右岸に大荒鹿島線が那珂川を
挟んで並走するのも、ローカル線として珍しいかもしれない。大体は、片岸だけである。
これは、那珂湊と大洗の位置関係やお互いの町の歴史、鉄道敷設の歴史も絡んでいる。
この点については、ひたちなか海浜鉄道編にて、詳しく解説したいと思う。


(グーグルマップ・水戸駅から鹿島神宮駅へ。)

JRの自動切符売り場に戻ると、鹿島臨海鉄道の普通運賃案内と駅発車時刻表以外はなく、
改札詰所の若い男性駅員氏に訪ねても、鹿島臨海鉄道の1日フリーきっぷは、
70歳以上のシルバー向けのもの以外はないという。
一旦、途中下車観光は諦め、鹿島神宮までの通しの切符(大人1,570円)を自動券売機で買い求めたが、
改札を通り、ホームに向かっていた所・・・あの「ときわ路パス」があるのを思い出した。

急いで改札口に戻り、事情を話すと、みどりの窓口で切符を交換してくれるそうなので、助かった。
みどりの窓口の若い窓口嬢が、「逆に運賃が高くなりますよ。」と、わざわざ気遣ってくれたが、
「途中下車観光をしながら、乗り降りしますから。」と伝えると、なるほどと安心した様子で、
切符の差額を追金し、無事に発券して貰った。
また、前日夜に、鹿島神宮から東京への片道乗車券を勝田駅で購入していたので、
フリー区間の終端駅の潮来(いたこ)から東京への片道乗車券に乗車変更して貰う。
なお、乗車変更(区間変更・行き先の変更)とは、JRの旅客営業規則第248条に明記されており、
使用開始前の切符を1回に限り、無料で同種の切符に変更できる制度で、差額は精算となる。
2回目からは、払い戻し手数料が必要となり、切符の買い直しが必要だ。

この「ときわ路パス」(大人2,150円)は、JR東日本の企画切符で、
通年発売ではなく、春と秋の二回の期間限定発売・土休日利用限定となっている。
茨城県内のJR線と関東鉄道、ひたちなか海浜鉄道、真岡鉄道、鹿島臨海鉄道の
普通列車・普通列車自由席が1日乗り放題(特急券・グリーン券も併用可能)になり、
真岡鉄道や鹿島臨海鉄道は自社発行の1日フリーきっぷがないので、同線訪問時にとても重宝する。
なお、フリーエリア内のみの発売なので、東京方面から利用の場合、一度、取手駅で下車をする必要がある。
これで、途中下車観光も気兼ねなくできるので、ひと安心だ。

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(ときわ路パスと乗車変更した片道乗車券。)

大洗鹿島線は水戸駅の一番南側、8番線からの発車である。
エスカレーターで降りると、8時46発の大洗行き列車二両編成が既に入線し、アイドリングをしている。

大洗鹿島線は全線非電化のため、気動車(ディーゼルカー)での運行になっている。
この真新しい8000形気動車は、昭和60年(1985年)の開業時に導入された6000形の老朽化により、
平成28年(2016年)から順次導入されているそうで、330馬力ディーゼルエンジン、20m車体、自重33.5t、
最高速度95km/h、電気指令式ブレーキ、オールロングシートの新潟トランシス製軽快気動車(※)である。
内装は電車風になっており、三扉車であるのも特徴で、両端は幅広の片開き扉、
中央は幅狭の両開き扉と変則であるのが面白く、水戸から大洗間の通勤通学客が多いためであろう。
また、空気ばねで乗り心地が改善し、車内の床も低くなり、冷暖房も良くなっているそうだ。

特徴のある外装カラーリングは、大洗鹿島線の新しい標準車体色になっており、
下部のクリームは砂浜と大地、上部の濃いブルーは鹿島灘の海と空、
車端部の斜行もある赤ラインは、地域の支持と発展を表現しているとのこと。
この斜行は、6000形のアイデンティティを受け継ぎ、大洗鹿島線らしさを感じる。

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(鹿島臨海鉄道8000形気動車。最近のトランシス製軽快気動車の標準的デザインである。)

ホームにある駅時刻表を見ると、平日・土日祝日共通で毎時1-3本であるが、半分は大洗止まりである。
最終列車は、終点の鹿島神宮行きが21時台後半、途中の新鉾田行きが22時台、大洗行きが23時台までで、
ワンマン運転を実施しているが、混雑する時間帯は車掌が乗務しており、行き先は関係ないらしい。
なお、隣の7番線は、常磐線上り上野方面の特急専用ホームになっている。

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(ホームの駅時刻表。)

ここで、鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の歴史について、簡単に触れておこう。
国内の地方鉄道の殆どが、明治中期から大正期にかけて開業しているのと比べ、
戦後の昭和60年(1985年)開業と、大変、新しい鉄道になっている。
元々は、大正後期の国の鉄道計画に依って、水戸から鹿島までの太平洋沿岸の縦断鉄道が、
計画されたのが発端である。
この地域は、太平洋の鹿島灘に面した長い海岸線があるが、内陸部に入ると、
北浦や霞ヶ浦の大きな浦や低山帯があり、陸上交通の大きな障壁になっていた。

結局、戦前は、この縦断鉄道計画が立てられただけで、特に進展はなかったが、
戦後高度成長期の昭和30年の終わりから、鹿島臨海工業地帯の建設が始まると、
国鉄・茨城県・進出企業の共同出資により、原料や製品を運ぶための貨物専用鉄道として実現した。
当初は、北鹿島(現・鹿島サッカースタジアム)から、鹿島臨海工業地帯内への貨物専用線のみであったが、
国鉄の経営問題から、日本鉄道建設公団が建設していた、水戸から北鹿島間の路線も受け継ぐことになった。
その経緯のためか、水戸が起点駅であるが、社名に水戸由来の地名が含まれていない。
現在も、第三セクターの鉄道会社として、鹿島臨海工業地帯内の貨物専用線・鹿島臨海線(19.2km)と、
南北縦断の旅客線・水戸から鹿島サッカースタジアム間の大洗鹿島線(53.0km)の二路線を営業している。

◆略史◆
大正11年(1922年) 水戸〜鹿島間が予定線となる。
昭和44年(1969年) 国鉄・茨城県・進出企業の出資により、第三セクター鉄道・鹿島臨海鉄道を設立。
昭和45年(1970年) 貨物専用の鹿島臨海線(北鹿島〜奥野谷浜間/鹿島臨海工業地帯内)が開業。
昭和46年(1971年) 第二期区間として、鹿島新線(水戸〜北鹿島間/現・大洗鹿島線)が着工。
昭和59年(1984年) 国鉄と茨城県が、鹿島新線の経営を鹿島臨海鉄道が行うと合意。
昭和60年(1985年) 大洗鹿島線(水戸〜北鹿島(現・鹿島サッカースタジアム)間)が開業。



乗客は意外と多く、2両編成のロングシートは、ほぼ埋まっている。
そろそろ、発車時刻だ。

(つづく)



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(※軽快気動車)
旧来の国鉄形気動車と比較して、軽量車体やハイパワーエンジンを採用し、
性能を大幅に向上させた新世代の気動車のこと。

【参考資料】
週間歴史でめぐる鉄道全路線 公営鉄道・私鉄 No.15 鹿島臨海鉄道ほか(朝日新聞出版・2013年)

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