hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【319】かぶらの里、シルクの鉄路・・・上信電鉄(17)西富岡駅  


上州七日市駅から、隣駅の西富岡駅に行こう。
マンナンライフ・ララクラッシュ塗装の150形第三編成に乗車する。
列車は大きな右カーブを抜けると、真東に進路を取り、住宅地の中の直線区間を中速で走って、
2分程で西富岡駅に到着する。

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上州七日市1618======1620西富岡
上り普通(普)44列車・高崎行き(150形第三編成2両編成)
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この駅から高崎寄りの東富岡までの直線区間1.7kmには、
富岡の名を冠した三つの駅が集中し、富岡市の中心市街地の中にある。
西富岡駅は、上信線の電化改軌後の昭和12年(1937年)10月に追加設置され、
当初、駅員無人の病院前駅として、その便宜の為に設置された。
戦後の昭和26年(1951年)に旅客取り扱いを休止したが、その二年後に現在の駅名に改称し、再開した。

現在の駅名は西富岡であるが、元々は、旧・七日市藩の所領だった土地柄で、
七日市藩は病院を建設した由縁があるからか、公立七日市病院等の病院が集まり、看護学校もある。
起点の高崎駅から21.0km地点、14駅目、所在地は富岡市七日市、標高168mの
曜日時間限定の業務委託駅になっている(※)。

東西に配された単式ホーム一面一線の小さな駅で、駅員が勤務しており、高崎寄りに小さな駅舎がある。
このホームの高崎寄りは、昭和56年(1981年)8月に舗装されたそうだ。
駅舎の並びには、木造ベンチ付きの片勾配スレート屋根の鉄骨造り旅客上屋もあって、
これも近代化工事で設置されたのであろう。
なお、富岡市街地の中なので、住宅が大変多いが、線路の北側には畑も点在している。

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(下仁田寄りからホーム全景。)
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(駅舎並びのベンチ付きの旅客上屋。造り的には、昭和後期風である。)
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(県道踏切と高崎方。※下仁田方は完全逆光の為、撮影困難。ご容赦願いたい。)

先に、中年の女性駅長氏にきっぷを見せ、撮影の許可を貰おう。
「いいですよ。じっくり撮っていって下さい。」と、快諾を頂いた。
話を聞くと、列車や駅を撮影しに、この駅にも結構やって来るそうだ。

上信線の現存木造駅舎の中では、個性的なコンパクトデザインになっており、
隅々まで清掃も行き届いて、古いながらも気持ちの良い駅になっている。
そういう点は有人駅の長所で、長い目で見れば、駅舎の老朽化も緩和できると思う。

また、改札口や待合室は大変狭く、腰下に人造大理石(テラゾー)が使われているのが特徴だ。
人造大理石とは、天然の大理石を砕き、セメントで固めたもので、マーブル状の細かい粒子がある。
昭和の中頃まで、安価で高耐久な建築用石材として、良く使われていた。

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(ホーム側の改札口。)
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(出札口と改札口。窮屈な位に狭く、待合室も六畳程度の広さだ。)
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(小さなL字木造ベンチ。手小荷物窓口跡と思われる小テーブルも残る。)

出入口は、東に面した妻入り一箇所で、駅前も大変狭い。
現在の駅舎は、昭和35年(1960年)築で、民家風の平屋木造モルタル建築だ。

二車線の県道218号線の踏切横に接続しており、狭いながらも有料駐輪場になっていて、
平成に入ってから、地元自治体の補助で整備されたそうだ。
また、昭和43年頃は、信越本線磯部駅方面への上信電鉄バスのバス停も接続していたらしい。

駅出入口上の駅名標は、枠付きの金網に「西富岡驛」の切り抜き文字を一文字ずつ貼った、
個性的なものであった。
しかし、文字が崩れ落ちた為、富岡製糸場の世界遺産登録に合わせて、ブリキ製に更新されたらしい。

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(駅舎本屋。左の窓の風防板が面白い。)
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(駅出入口。木製の両開き引き戸も残る。)

駅長氏曰く、「皆さん、踏切の横から、よく撮影されていますよ。」との事で、
自分もカメラを構えてみる。
県道踏切横から見ると、とても小さな駅舎である事が判る。
おそらく、上信線の有人駅の中では、一番小さな駅舎であろう。
地元住民が差し入れを持って来て、のんびりと駅長氏と談話しているのも、長閑な光景である。

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(県道踏切から駅舎本屋。屋根にニョキッと生えた様な、H型のストーブ煙突も、今では懐かしい。)

なお、西富岡駅の駅昇格後は、社員配置の有人駅であったが、
昭和43年(1968年)の合理化の際に駅業務を委託化している。
平日と第一・三・五土曜日は、6時04分から9時50分と14時24分から20時05分まで配置され、
休日と第二・四土曜日は配置無しになっている。
勿論、駅員勤務時間帯ならば、硬券切符の入手も可能だ。



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西富岡1644======1706下仁田 下り普通(普)39列車・下仁田行き
(折り返し乗車)
下仁田1725======1830高崎 上り普通(普)50列車・高崎行き
共に500形第一編成2両編成に乗車。
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陽も大分傾いてきて、辺りは薄暗くなってきた。今日の上信線めぐりは、ここまでにしよう。
今旅は泊まりの用意をしていないので、自宅に帰る。
明日は、西富岡駅から高崎寄りの駅の訪問と下車観光の予定だ。

今日の乗り納めで、西富岡駅から下仁田駅までもう一度行き、折り返して高崎駅まで戻る。
地元で人気の「ぐんまちゃん電車(列車)」500形第一編成に乗り、
返しの列車が吉井駅付近になると、上り高崎行き列車でありながら、
50人近くも乗車しており、先頭車両のシートは満席である。
ラッシュ時間帯の富岡から高崎間は、上り下り共に乗客が多い様だ。

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(18時30分、起点の高崎駅に無事到着する。)

18時30分、起点の高崎駅に到着する。
帰りも新幹線ではなく、在来線の高崎線を利用するが、
疲労軽減と夕食を摂る為に上野駅までのグリーン券を手配しよう。
勿論、夕食は駅弁だ。「たかべん」こと、高崎弁当の「鶏めし弁当」(税込900円)を手配した。
赤いだるま弁当が有名であるが、実は、こちらの鶏めし弁当の方が歴史は古い。
鶏めし弁当は昭和9年(1934年)、だるま弁当は戦後の昭和35年(1960年)発売である。

なお、明治17年(1884年)の上越線開通時に、おにぎりの販売を始めたのがルーツとなっており、
関東エリアの老舗駅弁業者(調製所)のひとつとして知られている。
関東主要駅の有名駅弁業者を見ても・・・横川駅のおぎのやは明治18年(1885年)、
小田原駅の東華軒は明治21年(1888年)、宇都宮駅の松廼家(まつのや)は明治26年(1893年※)、
大船駅の大船軒は明治31年(1898年)、千葉駅の万葉軒は昭和3年(1928年)の創業であり、
駅弁はおぎのやの「峠の釜めし」が元祖(※)であるが、一年早く創業しており、この中でも最古参だ。

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(たかべん鶏めし弁当の掛け紙。)

この鶏めし弁当は、九州出身の先代が考案した鶏飯で、昔からの味を守っている伝統のある駅弁だ。
国産米を醤油味付けし、鶏ローストや鶏そぼろなど色々な調理法の鶏肉おかずを入れた、
鶏ずくしの逸品である。
箱も昔ながらの木枠を使い、懐かしい木の香りがするのが良く、国鉄時代を忠実に守る。
全体的にかなり濃い甘辛味で、見かけによらず量もあり、充実感の高い駅弁になっている。

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(鶏めし弁当の盛り付け。国鉄時代のプラ製ポット茶も欲しい所だ。)

なお、高崎駅西口階段下には、直営の駅蕎麦店もある。
駅蕎麦店であるが、昔懐かしい醤油ラーメンがとても美味しく、名物になっている。
今度、時間がある時に立ち寄りたい。

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(駅蕎麦たかべん。丁度、上信線の連絡通路出入り口付近にある。)

高崎駅を18時47分に発車。高崎線は高規格路線の為、スケートの様に滑る様に走る。
上信線は、とにかく上下左右に良く揺れるので、その落差が面白い所だ。
上野まで約二時間。グリーン車に折角乗ったので、少し休んでおこう・・・。

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高崎1847======2033上野
上り上野東京ライン・1939F熱海行き(サロE231-1080乗車)
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(一日目おわり/二日目に続く)




西富岡には 公民館
病院なども あまたあり
南に下れば 桐淵(きりぶち)の
橋よりながめる 鏑川

上信電鉄新鉄道唱歌15番より/鈴木比呂志作詞・昭和56年。



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(※西富岡駅の駅業務委託化)
昭和43年(1968年)4月から、委託開始となっている。それ以前は、無人駅だったらしい。
(※松廼家の駅弁)
松廼家は明治18年に、竹皮包みのおにぎりを発売したのがルーツであるが、
公式の創業は明治26年となっている。日本初の駅弁は松廼家と言う説もある。

【参考資料】
 たかべん公式HP(高崎弁当株式会社)
 松廼家公式HP(有限会社松廼家)
「上信電鉄百年史-グループ企業と共に-」(上信電鉄発行・1995年)
「ぐんまの鉄道-上信・上電・わ鐵のあゆみ-」(群馬県立歴史博物館発行・2004年)

2017年3月7日 上信電鉄編1日目1-17話の校正・調整

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category: 上信電鉄1日目 全17話

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