hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【312】かぶらの里、シルクの鉄路・・・上信電鉄(10)下仁田駅下車観光[その3]仲町の町並みと下仁田戦争、大衆食堂「一番」。  


妙義山を望む坂を下り、中央通りから北側の仲町周辺を見てみよう。
諏訪神社の入り口の交差点【赤星マーカー】まで戻る。



旧・南牧道(なんもくどう)である、この大通りの北側も住宅が多く、
群馬県信用組合支店がある仲町交差点付近にも、古い商店や旧家が幾つか残っている。
白漆喰の店蔵を構える蒟蒻専門店のまるへい(荻野家住宅)【赤色マーカー】は、
平成21年(2009年)に登録有形文化財に指定されたそうだ。
テレビの旅バラエティ番組でも、良く紹介されている店舗である。

店蔵、母屋や土蔵等の六棟が国登録有形文化財に指定されており、
今も使われている通りに面した店蔵は、明治時代後期に建てられたもので、
屋根上の大棟(おおむね)が立派な二階建て土蔵造りになっている。
大正13年(1924年)頃建てられた店蔵右奥の母屋は、
屋根が盛り上がった起り(おこり)のある、入母屋造りの木造2階建て住宅であり、
奥に三棟ある内の最も古い蔵は、明治38年(1905年)築の二階建て白漆喰仕上げだそうだ。
まるへい公式HP

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(町を代表する蒟蒻専門製造直売所のまるへい。南隣に直営の軽食処も経営している。)
   「てのしこんにゃく」と言う特許製法の刺身蒟蒻が代表商品との事。)
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(道に面する間口は狭いが、奥に長く、蔵等が所狭しと建ち並んでいる豪邸である。)

信用組合支店向かいの仲町交差点角にある、里見文林堂(文林堂洋品店)【黄色マーカー】も、
下仁田の古い商店として、良く紹介されている店である。
その斜め向かいの閉店しているらしい、和洋菓子屋【茶色マーカー】の佇まいも凄い。

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(停車場通りと交差する仲町交差点。丁度、この大通りの中間地点になる。
   この仲町付近は、商店は少なく、大きな旧家が多かったそうだ。)
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(里見文林堂洋品店。昭和的モルタル商店デザインが懐かしく、店名も右書きだ。)
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(通り斜め向かいの廃業した昭和堂菓子舗。オールブリキの大看板もそのまま残っている。
   看板のサイドを見ると、下仁田らしい発想の葱最中を販売していたらしい。)
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(山田新聞店北隣の店蔵【灰色マーカー】。何屋かは不明であるが、立派な造りである。)
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(大通り北側の町並み。突き当りには、旧・西牧道である国道254号線と天台宗霊山寺がある。
   今は民家が多いが、明治の頃には、こちら側にも大きな商店街があったそうだ。)

なお、洋品店の北隣には、桜井家【青色マーカー】と言う大きな旧家が建っている。
幕末、水戸天狗党の行軍で下仁田を経由した際、幹部達が宿泊したと言われ、
翌日に下仁田戦争が始まると、天狗党本陣となった。
西牧道沿い(現・国道254号線)の下小坂付近で、高崎藩追討隊と激しい戦いになり、
高崎藩本陣が置かれた下小阪の里見家土蔵には、その時の鉄砲玉の跡が残っているそうだ。
その近くには、町立歴史民俗資料館と勝海舟揮毫の慰霊碑が、建立されている。

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(旧家の桜井家。水戸天狗党の下仁田戦争と和田峠の戦いは、甲冑を着た最後の戦いと言われる。
   この桜井家の一階部分も、むくり屋根になっている。※秋の追加取材時に撮影。)

水戸天狗党と下仁田戦争について、簡単に触れておきたいと思う。
幕末の頃、列強の開国要求に対し、水戸藩の腕の立つ武士や浪人を中心にして結成された、
尊王攘夷急進派の水戸天狗党は、その志を叶える為に京都まで上洛し、
在京の徳川慶喜(よしのぶ/後の江戸幕府最後の第15代将軍)に直接進言しようとした。
なお、当時の水戸藩や幕府は、水戸天狗党の討伐の命令を繰り返し出していたそうだ。
本拠地の筑波山を出発した天狗党一行は、幕府軍との衝突を避ける為に東海道を通らず、
この上州エリアを西進して、太田から、一ノ宮、そして下仁田に到着した。

天狗党が一ノ宮に入ると、幕府側の高崎藩は320名の討伐隊を送り込み、
先回りをして、下仁田駅から西1.5kmの西牧道沿いの下小坂に本陣を構え、迎え撃とうとした。
元治元年(1864年)11月16日未明に交戦が始まったが、天狗党は高崎藩の三倍の920名の
隊士がおり、奇襲を成功させて、高崎藩を打ち破ったのである。
僅かな戦死者で済んだ天狗党はそのまま信州への峠を越え、戦いをしながら西進を続けたが、
桜田門外の変で暗殺された幕府大老・井伊直弼(なおすけ)お膝元の彦根藩通過を避け(※)、
現在の樽見鉄道が走る根尾谷(ねおたに)を北進し、蠅帽子峠(はえぼうしとおげ)を越えて、
越前国(現在の福井県敦賀市付近/つるがし)に抜ける事にした。
しかし、越前には、三万もの幕府軍が待ち構えており、進軍は終りとなってしまったのである。
第二次長州征伐(1865年)や薩長同盟(1866年)の直前の出来事であった。

なお、町内には、下仁田戦争で戦死した水戸天狗党4名が、村人の手で手厚く葬られている。
幕敵ではあるが、当時の民衆の間では、尊皇攘夷の圧倒的な風潮で天狗党の人気があった事や、
日本人の好む判官贔屓な気持ちも強かったのであろう。

また、明治生まれの文豪・島崎藤村の代表小説「夜明け前」(昭和4年刊行)には、
この下仁田戦争や上洛行軍の詳しい記述があり、執筆の為、下仁田に滞在したそうだ。
当時の里見家の当主が詩碑を建立したいと思い、詩の一節を藤村に依頼した所、
快諾を貰い、昭和6年(1931年)に建立されている。

過し世を静かに思へ 百年(ももとせ)の昨日の如し
かって上州かぶら河のほとりを旅せし縁故より旧詩の一節を求められるままに
作詩・島崎藤村


なお、藤村が生前に碑詩を寄せるのは大変珍しいそうで、全国に百余りある藤村碑のうち、
四つだけだそうだ。大多数は、没後に建立されている。
元祖ご当地ソングである下仁田音頭の一節にも、この詩碑の事が歌われているそうで、
当時の藤村の人気を感じる。当時の上信電鉄バスも、藤村詩塚前と言うバス停を設置した程との事。



仲町の交差点を入った停車場通りを歩くと・・・路地に煉瓦の一部が見えるので、行ってみよう。
日陰にある公民館の駐車場に沿って、大きな煉瓦塀【緑色マーカー】が聳え立っている。
丁度、隣に住む地元中年女性に玄関先で出会ったので、挨拶をして聞いてみると・・・
昔、ここに大きな蒟蒻工場があり、工場は取り壊されたが、この大塀だけが残っているとの事。
この広い空き地には、蒟蒻工場や倉庫が沢山建ち並んでいたそうだ。

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(煉瓦塀は民家と駐車場を隔て、北側に建っており、高さも3m程ある大きなものだ。)
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(富岡製糸場と同じフランス積みである。所々には、小さな丸印が刻まれてる。
   おそらく、製造所を示すのであろう。※露出調整、トリミング拡大済み。)

時刻は13時前になったので、このまま停車場通りを歩き、下仁田駅に戻る事にしよう。
駅の近くの交差点には、古いタクシー会社や電気店があり、まるで昭和の横丁になっている。
なお、上信線開通当時から電化された頃は、列車運行ダイヤは1時間半から2時間毎、
1日7-8往復と少なかったので、「待合」、「待合料理」と言う民間の列車待合所兼食堂や、
駅から木炭を出荷する為に木炭商が数軒集まっており、川寄りに人力車屋もあったそうだ。

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(上信電鉄グループのタクシー会社ではない古いタクシー会社もある。
   隣は、古い時計眼鏡屋である。昔は、ここに木炭商が構えていたそうだ。)
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(昔懐かしい町の電気屋さんである。角のショーウインドに古いブラウン管テレビが、
   街角テレビの様に置かれていた。右隣の川寄りには、きよしや食堂がある。)
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(中央通り入口横の常盤館は、町一番の格式のある割烹旅館になっている。
   創業は大正元年になり、昭和初期に竹久夢二も宿泊したそうだ。
   なお、蒟蒻料理、すき焼きやかつ丼等の昼食利用も出来る。)
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(電化時の大正13年12月当時の下仁田駅発車時刻表。上段が上り高崎行き発車時刻である。
   高崎線、上越線と両毛線の連絡時刻も下段に記載しているが、本数は今と比べて大変少ない。
   高崎線には、上下各三本の夜行が走っているのが判る。
   ※甘楽町歴史民俗資料館別館所蔵。屋内展示の為、照明の反射はご容赦願いたい。)



ここで、追加取材時に昼食を摂った、大衆食堂・一番【食事マーカー】を紹介したいと思う。
中央通りから一本北側の路地にある創業約50年の大衆食堂で、タンメンと餃子が名物との事。
実は、下仁田葱を食べたかったのだが、生で食するにはいかず、困っていた所・・・
冬期は自家製餃子に下仁田葱を入れるとの情報を観光マップで見つけ、それが決め手になった。

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(路地を入った所にある大衆食堂一番。後ろのコロムビアと言う店はスナックでは無く、
   鍋料理と下仁田すき焼きの老舗専門店で、格安で食べられるそうだ。)

一見すると民家風であり、勇気を出して、色あせた暖簾を潜ると・・・
老夫婦と若い男性店員が切り盛りをしている明るい雰囲気のラーメン屋風で、
赤テーブルにパイプ椅子が並ぶL字の赤カウンター15席と小さな上がりがあり、
やはり昭和の感じが充満している。
昼時のテレビが流れるのんびりとした雰囲気で、店主老夫婦も親切で、気さくだ。
餃子に下仁田葱が入っているか聞いてみると、「入っているよ。」の事で、早速注文をする。

少し待っていると、待望の下仁田葱入り餃子が出てきた。
作り置きではなく、注文を受けてから、目の前で皮に具を包んで焼いてくれる。
食べてみると・・・一口目は、ちょっとツンと辛味が来るが、後味はほんのりと甘い。
全体的に丸い味で、ラーメン屋に良くある、平たく青っぽい味と違う事が直ぐに分かる。
ジューシーで、旨味がとても多く、結構旨い。

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(一番餃子・税込450円。冬期は下仁田葱が入っている。)

次に、看板メニューのタンメンも頼んである。極太角麺で、腰の強い触感が懐かしい。
スープも辛くなく、野菜の旨味が広がるバランスの良い自然な味で、昭和の良き時代の味わいだ。

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(一番タンメン・税込650円。)

他に、焼肉丼や下仁田かつ丼も定評がある。
もうひとつの看板メニューでもある焼肉丼は、厚切りの豚ロースをジュッと柔らかく焼き上げ、
秘伝の甘辛ダレでテカテカに仕上げた逸品だ。
シンプルでありながら、甘辛タレと甘みのある肉脂が美味しく、ご飯が進む。
下仁田かつ丼との食べ比べも良いだろう。

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(焼肉丼・味噌汁とお新香付き・並・税込850円。上1,000円もあるが、肉の量が違うだけだそうだ。
   ※同年秋の追加取材時に撮影。)

ラーメンを食べていると・・・地元常連らしい人達が次々と入ってくる。
余所者だと直ぐに判るらしく、「どっから来たの?」と色々と話しかけてくるので、
都会暮らしの自分は驚くが、「人情の町」を標榜する下仁田の気風と感じる。
鉄道ファンだと判ると、富岡製糸場、上信電鉄の運賃は高いと言われる地元の話や、
デビューしたばかりのぐんまちゃん電車の話題で盛り上がった。
地元の人達とのこんな交流も、ローカル線の旅の醍醐味だ。

【大衆食堂・一番】
定休日・毎月3日、13日、23日、営業時間・11時半から19時まで、
駐車場なし(町営無料駐車場二箇所を利用可/群馬県信用組合とこんにゃく手作り体験道場の近く)。
下仁田町下仁田362番地(中央通りから一本北の路地に入る/グーグルマップ



下仁田ジモ旅倶楽部(下仁田町観光協会)公式HP



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この下仁田駅下車観光は、本取材時と追加取材時の訪問を編集しております。
記事本文中では、下仁田駅への到着時間から駅へ戻る時間が、非常に短いですが、
実際の観光には、3-4時間程かかります。

桜井家、煉瓦塀、成和タクシー、園部電気店と焼肉丼は、同年秋の追加訪問時の撮影です。
カメラ機種が違う為、若干色調が異なります。ご了承下さい。

(※彦根藩と水戸天狗党)
安政7年(1860年)3月、桜田門外の変で暗殺された井伊直弼は、
尊王攘夷派の水戸藩浪士が襲撃した為、水戸天狗党は無用な戦いを避けたと言われている。
水戸天狗党が通過した諸藩も、高崎藩、高島藩や松本藩の様に討伐隊を差し向ける藩もあったが、
暗黙下に無害通過を認めたり、軍資金を提供して、城下通過を避ける要請をする藩もあった。
当時の民衆の間では、尊皇攘夷論が強く、水戸天狗党の人気が高かった事もあるだろう。
天狗党内の規律は、経由地での略奪や暴行を許さず、非常に厳しかった事も民衆から支持されていた。

【参考資料】
「しもにた小旅」(下仁田観光協会発行)
「下仁田まちあるきマップ」(下仁田まちづくり委員会発行・2016年)
「きてみて下仁田・下仁田商店街マップ」(下仁田町商工会発行)
「明治30年代下仁田古地図」(下仁田町歴史研究会発行・2014年)
「下仁田戦争」(下仁田町公式HP)
「広報しもにた/ジオパーク応援団だより第13号・島崎藤村の詩碑」(下仁田町発行・2016年)

2016年12月23日再編集(画像入れ替え高解像化・校正)

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category: 上信電鉄1日目 全17話

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