hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【316】かぶらの里、シルクの鉄路・・・上信電鉄(14)上州一ノ宮駅  


南蛇井駅(なんじゃい-)から、ふたつ高崎寄りの上州一ノ宮駅へ行こう。
訪問記念に硬券入場券を購入し、初老の男性駅長氏に、「また来ますね。」とお礼を言い、
14時23分発の高崎行き列車に乗車する。



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南蛇井1423======1430上州一ノ宮
上り普通(普)38列車・高崎行き(150形第一編成2両編成)
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上信電鉄最古参の国電101系電車に似た、元・西武車の150形第一編成に乗車すると、
車内に5人位乗っている。駅長氏も会釈をして、改札前から見送ってくれた。

発車すると、上信越自動車道の高架橋をアンダーパスし、真っ直ぐな下り勾配を高速で走る。
もうひとつの難読駅で、集落内の無人駅である神農原駅(かのはら-)は、
近くに大きな民間病院がある為、小さい単式ホーム駅ながら意外に乗降の多い駅だ。
なお、南蛇井駅から上州一ノ宮駅間は、道床(どうしょう※)が弱く、
カーブもきつい箇所があった為、昭和52年(1977年)に軌道強化や曲線改良工事が行われている。

神農原駅からは、鏑川(かぶらがわ)の流れに沿って北東に進み、1km北側に線路がシフトすると、
鏑川と線路が最も接近する場所に上州一ノ宮駅があるので、下車してみよう。

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(駅舎の柱駅名標。)

上州一ノ宮駅は、上野鉄道(こうずけ-)開業時の古い駅で、明治30年(1897年)7月開業、
起点の高崎駅から23.1km地点、16駅目、所在地は富岡市一ノ宮、
標高181mある曜日時間限定の業務委託有人駅になっている。
元々は、一ノ宮駅の駅名であったが、大正13年(1924年)12月の電化改軌の三年前に、
国鉄から直通する貨車の発着錯誤(※)を防ぐ為、省線駅(後の国鉄駅)と同名の駅は、
旧国名上野国の別称・上州を冠したのである。
なお、上州新屋駅(にいや-)、上州福島駅、上州富岡駅や上州七日市駅も同様だ。

南蛇井駅と同じ、波形スレート屋根の近代的旅客上屋と島式ホーム一面二線が、
上り北東・下り南西方向に配されており、側線は無い。
昭和40年(1965年)頃の古い写真を見ると、ホームは未舗装で、旅客上屋は無く、
木造の待合室が建っていた様である。
なお、昭和56年(1981年)9月の鉄道近代化事業で、この旅客上屋が新設されたそうだ。

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(上州一ノ宮駅の島式ホーム。擁壁を見ると、嵩上げの跡が良く判る。高さは780mm。)

先に、改札にいる女性駅長氏に1日フリー乗車券を見せ、撮影の許可を貰おう。
駅は鏑川の近くにあるので、ホーム上から川の流れが少し見え、
鏑川が見える上信線の駅は、意外にもこの駅のみである。
なお、佐野のわたし駅も川に近いが、鏑川では無く、烏川(からすがわ)になる。

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(島式ホームから鏑川を望む。大きな河岸段丘になっているので、崖の下に川がある。)

下仁田方を眺めると、鏑川に沿って、真っ直ぐに線路が延びる。
遠景の大きな山々は、関東山地最北部の稲含山(いなふくみやま/標高1,370m)等で、
農耕の神として古くから信仰されており、西上州で一番の展望になるそうだ。
また、駅前広場から川側に抜けるコンクリートの自由通路が、線路下に設置されている。

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(下仁田方と遠くの稲含山の山々。)

下仁田方のスロープ下には、小さな詩碑が建てられている。
富岡市出身の著名な詩人・国文研究家であった故・鈴木比呂志氏のものだそうで、
この駅の近くに住む鈴木氏は、地元の風物を歌った詩を筆で書き、
昭和30年代半ばから上州一ノ宮駅の待合室に掲げて、名物となっていたそうだ。

ふるさとの駅には 優しい母のにおいがする
旅から帰ってくると そのふところに抱かれたくなる

作詞・鈴木比呂志


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(鈴木比呂志詩碑。故・鈴木比呂志氏は、ご当地の交響詩曲ぐんまの作詞も行っている。)

高崎方は線路脇に23kmポストがあり、少し直進すると、右に大きくカーブして行く。
最も鏑川に近づいて走る唯一の区間であるが、距離は然程無く、
左カーブを返して、バイパスでない方の国道254号と交差すると、富岡盆地に入って行く。
なお、左の架線柱が左側にシフトしているが、貨物側線があった名残らしい。

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(高崎方。この先は、河岸段丘の大きな崖の近くを走って行く。)

駅舎を見てみよう。下仁田方のスロープを降りると、構内踏切と連絡通路がある。
この駅には、駅舎横に臨時改札跡があるが、現在は有料の自転車置場になっている。
この上州一ノ宮駅は、上州一の古社である一之宮貫前神社(いちのみやぬきさき-)の
門前駅でもあるので、昔は相当の乗降客があったそうだ。
また、昭和9年(1934年)の北関東での帝国陸軍大演習視察の折、
地方行幸と参拝の為に昭和天皇が下車をした、由緒ある駅になっている。

この行幸の際、鉄道省蒸気機関車牽引のお召し列車が、一度目は高崎〜山名間の往復、
二度目は前橋〜上州一ノ宮と上州一ノ宮〜高崎間で運転された。
その対応の為、上州一ノ宮駅の駅舎改修の他、線路や分岐器(ポイント)等の交換修理、
駅周辺の環境整備等が課せられ、昭和不況下でもあったので、資金的に大変な負担であったそうだ。
上信電鉄の社員達も、健康診断や伝染病の予防接種、身元・政治思想の厳しい調査を受けたとの事。

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(スロープからの駅舎全景。)
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(駅舎横の臨時改札口跡。そのままの状態で残っている。)
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(ホーム側の改札口周辺。)
 
駅舎の中を見てみよう。南蛇井駅よりも、ふたまわり大きな待合室になっており、
各部は改修されているが、出札口や手小荷物窓口跡も残っている。
なお、曜日時間限定の業務委託駅であるので、平日と第一・三・五土曜日の6時から9時55分と、
14時20分から20時09分の間に駅員が配置され、休日と第二・四土曜日は配置無しである。
勿論、硬券切符の取り扱いもある。

改札口右上には、大きな額に入れられた毛筆の詩文が掲げられており、
文末に平成28年2月と記されているので、新しいものの様だ。
「詩の壁駅待合室」として、今村堂雨氏と言う詩人が、故・鈴木比呂志氏の後を継いでいるらしい。

「如月随想」

電車着き 如月の風連れてくる
飛行機雲きさらぎの空真っ二つ
野に立てば 如月の空高く澄む
ひとところローバイ咲いて暮れ残る
立春と言えど日陰の残り雪
あれこれと家庭菜園の春近し

作詞・今村堂雨


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(改札と出札口。出札口の部分は、壁面や下見板が違うので、増改築した部分らしい。)
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(手小荷物窓口と出札口。基本的な内装デザインは、南蛇井駅と同じである。)

下仁田方は、窓下に木造ロングベンチが据え付けられている。
出来るだけ座れる様にする為か、出入口横も小部屋の様になっており、ベンチもL字になっている。
線路側には、懐かしい伝言板兼お忘れ物の黒板も、そのまま残る。

ベンチの長座布団は、地元の地域食育団体「富岡市くらしの会」が、寄進したそうだ。
郷土料理の伝承や地産地消の推進等を行う、農林水産省系の団体らしい。

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(下仁田方の木造ロングベンチと黒板。)
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(駅出入口とL字ベンチ部分。上州かるたの「ゆ」として、貫前神社の大かるたが掲げてある。)

駅前に出てみると、北西に面して、立派な古い駅舎が建つ。
同時期に建てられた南蛇井駅の駅舎とは、窓枠や内装は同じであるが、外装はかなり異なる。
木造モルタル建築の駅舎は、さほど大きくは無いが、他の上信線の木造駅よりも屋根が非常に高く、
屋根の傾斜が二段になっているのが特徴だ。
マンサード屋根に似ているが、平入りであるのと、角度が急緩となっているので逆であり、
線路側は腰折れが無く、急角度でストレートに落ちる非対称デザインである。
出入口の上には、向拝(こうはい)があり、和風の変形腰折れ屋根と言えるだろう。
また、外壁をよく見ると・・・窓下は短めの羽目板であるが、窓の左はモルタルにせず、
ささら子(縦に細く入っている押え木)付きの下見板であるのが、面白い特徴になっている(※)。

なお、駅舎東側の高崎方には、上屋付きの貨物ホームと側線があったそうだ。
現在は、完全に撤去されており、無料駐輪場と日貸し・月極の駐車場になっている。
二方に壁や扉の無い、大きなトンネル状の鉄骨スレート屋根建物もあるが、
側線の撤去後に建てられた様だ。

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(上州一ノ宮駅舎本屋。下り棟付きのコンクリート瓦葺きになっている。)

駅出入口上のグレーのモルタル部に、立派な上信電鉄の社章が掲げられているのも目を引く。
上信電鉄の「上」を八つ放射状に配したデザインであるが、豪華な立体造形で、
上の字の先端が細くなっており、これが原形に近いものであろう。

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(駅出入口上の古典的な社章と駅名標。)

周辺は、町の中心から離れた疎らな住宅地になっていて、静かである。
駅前広場からは、直線の道路が延び、120m先に国道254号線富岡バイパスの大きな交差点がある。
駅前はバス停も無いが、国道沿いにコミュニティバスのバス停があるそうだ。

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(駅前からの眺め。)

昭和の初め頃、一ノ宮貫前神社の節分祭は、大変な人出だったそうだ。
上信電鉄も二割引の切符を発行したり、深夜11時まで増発運行したとの事。
臨時改札も開け、乗降客でごった返したのであろう。




西にそそるは一之宮
赤くそば立つ大鳥居
鉄骨鉄筋コンクリー
一国一社の大社なり

上信電鐵鐡道唱歌より/北沢正太郎作詞・昭和5年・今朝清氏口伝。



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(※道床)線路下の路盤のこと。輸送量や線路規格に応じて、その厚さ等が決められている。
(※発着錯誤)貨車側面に、発駅や着駅等を示す紙の車票が差し込まれ、それを見て取り扱いをする。
(※羽目板と下見板)縦が羽目板、横は下見板と言う。地域により、全て下見板と呼ぶ場合もある。

【参考資料】
「上信電鉄百年史-グループ企業と共に-」(上信電鉄発行・1995年)
「ぐんまの鉄道-上信・上電・わ鐵のあゆみ-」(群馬県立歴史博物館発行・2004年)
「上毛新聞ニュース/三山春秋・上州一ノ宮駅の詩碑」(上毛新聞)

平成28年12月23日再編集(画像入れ替え高解像化・校正)

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