hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【30】大正ロマンと日本一の田園風景を訪ねて・・・明知鉄道(11)岩村駅下車観光 岩村城下 前半の部  


さて、岩村駅を見学した後は、岩村の城下町を散策してみよう。
此処も、飛騨高山と同じ様に、江戸時代の古い商家の町並みが残る城下町になっている。

岩村城は、この付近を治めていた遠山家十八城の本城だった。
約800年前の鎌倉時代の1185年に築城し、標高717mの日本一高い所の山城である。
残念ながら、明治政府の廃城令で、城は取り壊された為、石垣のみが残っているそうだ。

戦国時代、遠山家は西進する甲斐の武田家に対抗する為、尾張の織田家と同盟を結び、
織田信長の叔母に当たる「おつやの方」が、嫁ぎに岩村城にやって来た。
のち、岩村城主の亡き後の跡取りが当時6歳と幼少だった為、
歴史上、唯一の女城主として相成った事で有名だ。
大変な美人で、城下にも良く出向き、領民にも気配りが行き届いて、大変評判が良かったと言われる。
しかし、戦国の混沌とした駆け引きの中、身内でありながら、信長によって斬首されたそうだ。

駅前右手にある観光案内板を見ると・・・
本町通り沿いが観光スポットで、駅から少し歩く様である。

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暑い日差しの中を10分位歩いて行く。
ダラダラとした緩やかな上り坂が続き、少し息切れが・・・日頃の運動不足を実感する。
両側には、古い旧家が建ち並び、とても静かな通りになっている。
なお、旧家は100軒近くあるそうで、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されているそうだ。

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城への敵の侵入を阻む為、道を直角に折り曲げてある下町桝形【石碑マーカー】まで到着。
此処には、奉行所の御触書を掲げた高札場も再現され、奥には、小さな寺がある。

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この下町枡型付近から、国道363号線の本町交差点を越えて、
その次の信号のある交差点までが、この岩下城下町の最大の見処になっている。

緩やかな上り坂が続く両側に、木曽エリアの町家の景観が良く残っている。
代表的な旧家やレトロな商店が集まり、旧岩村銀行の大正風ビルを使った観光協会もある。
ゴールデンウィーク中だが、あまり混んでおらず、落ち着いた雰囲気だ。


(下町枡形から、グーグルマップストリートビュー。進行方向真っ直ぐにクリック。)

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(国道の本町交差点付近。)
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(観光案内所付近と木村家。)

向こうの山が、岩村城があった山である。この距離でこの高さなので、結構険しい様である。
麓には、資料館等が整備され、山頂まで石畳が続いているそうだ。
なお、岩村城は、日本三大山城のひとつとして数えられる名城である。
標高717m、城下町との高低差180mに築かれた山城は、霧が多い事から「霧ヶ城」とも言われ、
文治元年(1185年)に築城以来、明治までの700年間も城主が途絶えなかった城としても、
国内でも稀であるそうだ。



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(元職人町である上町付近。古い商店街を抜けると、坂が少し急になる。)

岩村郵便局前【手紙マーカー】には、明治時代のポストが・・・
明治20年頃のポストを復元したもので、もちろん現役である。
日本の郵便制度は、鉄道と同様に当時の先進国イギリスに見習ったものである。
郵便局の建物は現在のものだが、周りの景観に合わせた京風のレトロ調になっている。

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郵便局の南側には、江戸末期に三代続いた大庄屋の浅見家【白色マーカー】が並ぶ。
木村家と共に藩の御用達として藩財政に貢献し、国鉄明知線の開通前の明治末期に、
恵那(当時は大井)からこの岩村までの路面電車を開通させた町の名家である。
見た感じは大庄屋と言えども、京商家風になっている(建物内部は非公開)。

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郵便局の斜め向かい側には、旧家の土佐家【黄色マーカー】がある。
今から260年前の江戸時代には、染め物業(紺屋)、明治時代は、金融業を営んでいたそうだ。
通りに面した母屋は、西暦1780年頃の江戸時代後期のもので、土間がある店の造りになっている。
現在、当時の染め工場の様子などが、見学出来る施設になっている(見学は有料)。

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中心地の観光案内所【iマーカー】の斜め向かいにある京風の立派な家構えの旧家が、
この城下町の代表的な木村家【黒色マーカー】である。
江戸時代、岩村藩主に招かれた三河の藩士が問屋として商売を行い、
後年の藩の財政困窮時には、御用金を用立てするなど、藩政に大きく貢献した。
岩村藩主も何度も直接訪れる程の名家で、造りも他の旧家よりも格を感じ、
当時、藩主が町の商家に立ち寄るのは異例だったそうで、藩主専用の玄関もある(見学は有料)。

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国道の本町交差点を越えると・・・水野薬局(マルミ薬局)【青色マーカー】がある。
江戸時代から、三河・飛騨・美濃に卸していた薬卸問屋で、店の軒下には、古い薬の大看板が並ぶ。
この木曾檜の大きな特注看板は、学術的な価値も高いとの事。
かつての屋号は、「得歓堂」と言ったそうで、木製の大看板も、もっと沢山掲げられていたそうだ。

ショーウインドウも覗くと・・・目薬の広告の軍服姿の軍人が、時代を感じさせる。
また、明治時代の政治家で内務大臣を務めた、自由民権運動の板垣退助が、泊まった事があるそうだ、
彼は、この東濃エリアの遊説に訪れたそうで、岩村の人々から熱烈な歓迎を受けたとの事。

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(御岳百草丸は、地元に伝わる伝統的な胃腸薬である。)



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作者・hmd

2016年1月23日再編集
2016年5月30日再編集(文体変更・画像整理)

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category: 明知鉄道 全16話

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