hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【301】塩田平を行く、信州の鎌倉へ・・・上田電鉄別所線(8)別所温泉散策[後編]安楽寺と常楽寺。  




外湯の石湯前から急坂を降り、安楽寺【万字マーカー】に行ってみよう。
湯川のある川谷から、北西の山中にある。
川谷の道から別れた、杉が聳え立つ参道の奥に寺があり、とても厳かな雰囲気だ。

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(安楽寺参道。)

安楽寺は曹洞宗の禅寺で、この塩田平一の大寺である。
平安時代初期の天長年間(824-834年)の開山と伝えられており、
鎌倉にある建長寺(※)と安楽寺は、対をなすと考えられていたそうで、
鎌倉時代中期には、相当の規模であったそうだ。
塩田北条氏の庇護により栄えたが、鎌倉幕府の倒幕による塩田北条氏滅亡(1333年)後は寺運が傾き、
詳しい記録も無くなってしまったそうだが、信州最古の禅寺として、多数の文化財を有している。
また、寺裏手の墓地内にある八角三重塔は、国宝となっており、約700年前のものである。
(8時から17時まで、11月から2月末までは16時まで、八角三重塔拝観料300円、本堂拝観は無料。)

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(安楽寺境内参道。緑がとても多い境内である。)
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(本堂。国内にある最古の臨済宗寺院のひとつであり、戦国時代末に曹洞宗に改宗した。)

本堂前の庭園には、特徴的な三角形の大木があり、とても目を引く。
高野山に多く植生している高野槙(こうやまき)の霊木で、高さは25mもあるそうだ。
常緑の針葉樹で、杉の仲間である。庭園木や船材・橋材として、良く使われるそうだ。

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(参道と高野槇。)

国宝を観に行こう。本堂横の小屋で、拝観料300円を支払い、パンフレットを貰う。
寺裏の狭い石畳みの参道を登り、折り返しの石段を上がると・・・
山際の高所の墓所に、八角三重塔が見えてくる。
【八角三重塔参拝時間】3-10月8時から17時まで、11−2月8時から16時まで。

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(寺裏の参道。)

この八角三重塔は、鎌倉時代末期の正応3年(1290年)の竣工で、
多重塔の屋根は四角形が一般的だが、八角形のものとして全国唯一で、それも和風様式ではなく、
中国宋時代の禅宗建築様式(唐風)となっており、四重塔にも見えるが、三重塔である。
また、最下段(初重)に庇(裳階/もこし)があるのは、大変珍しいそうで、屋根裏の詰組も美しい。
なお、仏塔は、山の上から眺め下ろしてはならないそうで、仰いで参拝するものとの事。

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(国宝八角三重塔。※強い逆光の為、補正済み。ご容赦願いたい。)

さて、帰りに本堂を参拝後、隣に常楽寺【名勝マーカー】と言う大寺もあるので、行ってみよう。
山際に沿った近道があり、展望台【カメラマーカー】もある。
別所温泉郷を見下ろし、川谷からの塩田平と浅間連峰が見える、隠れたスポットになっている。

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(展望台から。一番奥に見える町並みは、上田市街である。直線で10km位である。)

常楽寺は、安楽寺よりは、周囲が開けた明るい山際の場所にある。
天台宗別格本山の寺院であり、北向観音堂の本坊として、この寺も規模が大きい。
北向観音堂が平安時代初期に創基された際、別所三楽寺「長楽寺・安楽寺・常安寺」の
ひとつとして建立されたのが始まりで、天台教学の道場として栄えたそうだ。
また、総本山の比叡山延暦寺座主(ざす/天台宗住職の最高位)を送り出した、名寺でもある。

なお、北向観音とかなり距離が離れているのが不思議であるが、
実は、長楽寺が元々の本坊であり、北向観音の参道石段下にあった。
しかし、江戸時代中期に焼失してしまい、再建はままならなかったそうだ。
その為、この常楽寺に本坊が移されたとの事。

この常楽寺も慈覚大師による開山といわれ、現在の本堂は江戸時代中期の享保年間(1716-36年)
のもので、力強い向拝(こうはい/中央の突き出した屋根)のある見事な茅葺屋根になっている。
また、寺宝も大変多く、境内に常設の美術館もあり、徳川家康直筆の日課念仏もあるそうだ。

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(本堂。御本尊は、宝冠を被った珍しい阿弥陀如来像である。)

常楽寺裏手の山中には、国重要文化財の石造多宝塔がある。
苔生した、しっとりとした参道を登って行くと・・・
杉の梢から差し込む光の下に、大小の石塔が並んでいる。
塔の前の土手にも、高さ20cmの小さな石塔が密集してあり、とても霊気を感じる場所だ。

平安時代初期の天長2年(825年)、山が鳴り響き、地が裂けて、人畜に被害を与えたので、
これを鎮める為、比叡山延暦寺からやって来た慈覚大師が大護摩を執り行うと・・・
紫雲が立ち込め、金色の光と共に観世音菩薩像がここに現れたと言う。
この霊像を大師が彫り、遷座供養したのが、先程の北向観音である。

多宝塔とは、天台宗法華経に記された仏塔で、釈迦が法華経を説法していた所、
大地から金銀豪華に彩られた多宝如来の巨大な塔が出現し、
多宝如来が釈迦を褒め讃えて、並んで座った事が由来である。
周囲は鉄柵で囲まれており、中央の大きな石塔がその多宝塔で、安山岩製・高さ2.85mもある。
最初は木塔であったが、焼失した為、鎌倉時代の弘長2年(1262年)にこの石塔が建てられた。
現存する鎌倉時代の石造多宝塔は、大変貴重だそうだ。

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(石造多宝塔。塔内に経文を奉納している。右隣りの石塔も、上田市の指定文化財になっている。)

常楽寺前に戻る。時刻は14時であるが、昼食を摂りそびれてしまった。
寺入口横に、「お茶の間」【食事マーカー】と言う、お休み処を見つけたので、立ち寄る事にしよう。
食べログ・お茶の間(別所温泉・常楽寺前)

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(お茶の間。庭には、美しい花々が沢山咲いている。)

大きな旧家の一部を改築して、家族で経営している様である。
中に入ると・・・10畳程の素朴な民家風になっており、テーブル席が設けられている。
メニューを見ると、おやきセットがあるので、これが良さそうだ。
信州に来ると、いつも、昼食は蕎麦かおやきであるが・・・。
「直ぐに出来ますよ。」と案内され、10分もしないうちに出てきた。

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(おやきセット。税込650円。他に、甘酒・あんみつ等の甘味やコーヒー等もある。)

小豆、野沢菜、切り干し大根の具の三つのおやきに、
コールスローサラダ、小梅、切り干し大根と漬物付きで、勿論、全て自家製との事だ。
しっとりとしながら、パフパフな皮のおやきは絶妙で、
少し塩味のある素朴な美味しさが味わえ、腹に入るととても膨れる。
漬物もシャリシャリと美味しい。

なお、おやきは北信州エリアの郷土食で、山菜や野菜を信州味噌や醤油で味付けし、
小麦粉で練った皮で扁平状に包み、蒸した後に鉄板で焼き目を付けてある。
囲炉裏のあった昔は、熱い灰の中に転がして焼いた事から、
「灰ころばし」、「へいころがし」とも言ったそうだ。
昔、信州の寒冷で山がちな風土では、稲作は不適だった為に蕎麦料理と並んで、
寒冷でも育つ小麦を使ったおやきが、各家庭でも作られる料理であった。
なお、余所者にとっては、野沢菜、きのこや切り干し大根が信州的な具材に感じるが、
茄子が最も代表的との事で、おやつや昼食に今でも食べられているとの事。
また、この塩田平は、国内有数の松茸・薬用人参の産地でもあるらしい。
9月下旬には、山際に松茸小屋が建ち並び、秋の味覚が楽しめる。



食後のコーヒーも頼み、休憩後にお礼を行って、駅に戻るとしよう。
一直線の坂道を下って行くと、交差点角にこんもりとした小山がある四差路に出る。
平維茂将軍塚(たいらのこれもち-)【緑色マーカー】である。
平将門の乱(935年※)で活躍した平貞盛の養子で、後に将軍、信濃守になった人物である。

伝説では、戸隠で郎党を組み、富豪を襲っていた妖術使いの鬼女・紅葉を成敗する為に、
京都から塩田(現・上田市)に維茂が派遣された。
北向観音の加護もあり、討ち取る事が出来たが、維茂も負傷してしまい、
この別所温泉での湯治の甲斐もなく、亡くなってしまったそうだ。
なお、この鬼女退治の様子は、能の「紅葉狩」でも良く知られており、
戸隠でも同様な話が伝承されている。

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(平維茂将軍塚。頂上には、七輪塔が安置されている。)

この交差点の近くには、七苦難地蔵尊堂【茶色マーカー】もある。
枕草子に記された「七久里の湯」は、七つの苦難から解き放たれる(七苦離)とも言われ、
常楽寺の地蔵尊をここに遷座したそうだ。
また、この前の道を登って行くと、大師湯がある温泉街の中心地に行く。

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(七苦難地蔵尊堂。まだ、新しいお堂である。)

大分歩いて、脛が固くなってきた。
折角なので、無料の足湯に入っていこう。
足湯は二箇所あるが、新しく、綺麗な大湯下の足湯【波マーカー】が良さそうだ。

足湯に向かう途中、北向観音下には、湯かけ地蔵【灰色マーカー】がある。
上田に住む春蔵と言う男が、佐渡に流刑された日蓮上人を慕って佐渡ヶ島に行き、
沼地を通りかかると、名前を呼ぶ声がする・・・
「泥にまみれて、永いこと此処にいる。一度信濃の湯につかりたい。
身を清められたら、お前の願いを叶えよう。」と言われた。
春蔵は沼から一体の地蔵尊を取り出し、持ち帰って、別所の湯に入れたそうだ。
それから、春蔵は美人を娶り、子宝にも恵まれて、幸せな日々を送ったと言う伝説がある。

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(湯かけ地蔵。近くに、もうひとつの無料足湯「ななくり」がある。)

大湯下の足湯に到着すると、誰もおらず、贅沢な貸し切りである。
靴を脱いで、のんびりと浸かろう。湯も適温で、中々、気持ちが良い。
ここは、温泉水を利用した共同洗い場も兼ねており、別所温泉には13カ所もあるそうだ。
(定休日なし、無料、4-11月は6時から21時まで、12-3月の冬期は休業。
   ※観光客は、足湯の利用は可であるが、共同洗い場は不可。)

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(足湯「大湯大師の湯」。弱アルカリ性の単純硫黄温泉である。)



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神奈川県鎌倉市にある臨済宗建長寺派の大本山。
鎌倉時代の建長5年(1253年)に、鎌倉幕府第5代執権北条時頼により建立された。
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平将門は相続問題から、叔父の国香を殺害し、関東の国司達も次々に追放。
関東八国を掌握し、新皇(しんのう)を名乗った事件。国香の子である平貞盛らが、将門を討ち取った。

【参考資料】
現地観光案内板
上田電鉄別所線沿線ガイドマップ(上田電鉄発行)
別所温泉案内図パンフレット(別所温泉観光協会発行)
安楽寺観光リーフレット(安楽寺発行)
常楽寺観光リーフレット(常楽寺発行)
別所温泉観光協会公式HP

2016年12月25日再編集(画像入れ替え高解像化・校正)

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