hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【29】大正ロマンと日本一の田園風景を訪ねて・・・明知鉄道(10)岩村駅  


下り明智行き列車が、紫煙を上げて、発車して行く。

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(構内踏切から撮影。)

暫くの間、岩村駅を見学しよう。
この岩村は、木曾谷のひとつ南側の山脈を越え、山に挟まれた大地溝帯の小盆地になっており、
北流する岩村川の右岸に位置し、東西に広がる城下町になっている。
町の最西部に駅があり、直ぐ近くには、岩村川が流れている。
また、国道257号線と363号線が合流する、交通の要衝地だ。


(国土地理院国土電子web・岩村付近。)

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(国鉄風の建て植え式駅名標が、下りホームにある。)

この岩村駅は、明知鉄道唯一の列車交換設備がある有人駅になっており、
国鉄時代の古い木造モルタルの駅舎が残る、「中部の駅百選」にも選ばれている。
国鉄明知線が阿木駅から延伸した昭和9年(1934年)1月の駅開業で、
同年6月の終点明智駅までの延伸開通前までは、一時的に終着駅だった。

ホームは南北に配され、東側に駅舎本屋が置かれている。
また、昔ながらの千鳥式ホームと構内踏切が残っている。
駅舎並びの駐車場付近に、貨物ホーム跡と引込み線があり、保線車両の留置線になっている。

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(上りホームからの駅全景。重なりも少ない、美しい千鳥式ホームが残る。)
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(下りホーム改札付近から。この駅では、必ず列車交換が行われる。)

上りの恵那方は、側線が上り線に接続し、少しばかり線路が並走した後、
スプリングポイントで纏まって、緩く左カーブして行く。
向かい側の山を左に迂回して行くが、丁度、山の反対側に飯羽間駅(いいばま-)がある。

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(恵那方。)

上りホーム端から、下り明智方を眺めると・・・
この付近の民家と同じ重量感のある黒瓦葺き屋根の大きな倉庫兼詰所と資材置き場があり、
側線際の電柱を切った上には、小さな百葉箱が置いてある。
おそらく、明知鉄道の保線区が、此処に置かれているのだろう。

また、上りホーム外側の側線は、資材搬入用として使われており、
先日のDMV車両(デュアル・モード・ビークル)の試験運行走行の出入りにも、使われたそうだ。

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(明智方。)

実は、この駅には、今でも可動出来る腕木式出発信号機がある。
国鉄時代から平成16年(2004年)3月まで、この駅で使われていた本物で、
動態保存の鉄道遺産とモニュメントとして、平成18年(2006年)4月に移設復元したそうだ。
駅舎側下りホーム駅事務室前に、ワイヤーが連結された操作てこが設置してある。

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(腕木のサイズは、900mmもある。右側には、夜間認識用の色レンズも付いている。)

なお、駅員氏に申し出ると、監督の元、操作体験する事が出来る(朝9時から夕方17時まで)。
側線と言えども、営業中の駅構内で操作体験出来るのは、全国でもこの駅だけだろう。
周辺の床に染み付いたオイルも現役さながらである。

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(上りホーム南側に操作てこがある。)
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(押し込んだ状態が、進行(青信号)である。本線2本、側線2本と思われ、連動鎖が付いている。)

駅舎を見てみよう。大きな縦型窓のある古い木造モルタル建築の中規模駅舎になっている。
改札横の手作りの木製駅名標と、岩村城の観光看板も味がある。
起点駅の恵那駅から6駅目、15km地点、所要時間約30分、所在地は恵那市岩村町、標高501m、
1日の乗降客数は約300人との事。

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(改札口横の駅名標と歓迎板。)

15畳位の天井の高い待合室に入ると国鉄時代のままで、昭和の民家の様な砂壁が特徴になっている。
窓沿いや中央に置かれた木のベンチも良い感じで、
天井近くの壁面には、正面に岩村城下、左手に蒸気機関車時代の写真が、沢山掲げられている。
反対側には、昔ながらの出札口(切符売り場)と観光案内所がある。

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(待合室。)

駅前に出てみよう。周辺は商店は殆ど無く、住宅地の中にある。
駅前広場は広く、駅舎の屋根は痛んだ為か、葺き替えられた様子だ。

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(駅出入口上には、開業当初のものと思われる、古い駅名プレートが残っている。)

なお、国鉄明知線の開通前には、岩村電気軌道という小さな鉄道が、
地元資本により、恵那(当時は大井)から岩村まで敷設されていた。
明治39年(1906年)開業の岐阜県初の電化路線、全国でも13番目の鉄道敷設だったそうで、
当時の岩村の町は、先進的な気風の土地柄だった様だ。
現在の岩村駅の横にホームがあったそうで、町中に軌道跡も一部見る事が出来る。

明知線のルートとは異なり、最短ルートの阿木川(あぎ-/現在は、阿木川ダムがある。)沿いに
敷設されており、また、明知線が阿木村を経由した為、大井(現・恵那)から岩村間は、
急勾配と急カーブの大変な難所になっているのも、遠因であるかもしれない。
しかし、軌間は国鉄と同じ1,067mm・直流600Vに電化路線であったが、
走行速度が遅い路面電車の規格だった為、所要時間がかかり、
昭和10年(1935年)の国鉄明知線開通直後に廃線となっている。
その後、水力発電部門は存続したが、後に中部電力に再編されたそうだ。



相互リンクをして頂いている、しなの7号さんが、2010年秋の明知鉄道と
岩村駅の様子をブログ記事にされています。是非ご覧になって下さい。
昭和の鉄道員ブログ【101】鉄分補給2010.11.20ちょっと寄り道・明知鉄道1往復



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2016年1月23日再編集
2016年5月30日再編集(文体変更・画像整理)
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