hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【99】遠州湖北と国鉄遺産を訪ねて・・・天竜浜名湖鉄道(2)天竜浜名湖鉄道 掛川駅  


駅出入口に入ると、直ぐに待合室になっている。
逆L字の20畳位の広さで、二台の自動券売機や木製ベンチもあり、小奇麗な感じだ。
まずは、出札口の若い駅員氏から、1日フリーきっぷを購入しよう。
全線乗り降り自由で、大人1,500円と大変リーズナブルになっている。

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(改札口と出札口。)

待合室の反対側には、JR1番線ホームとの小さな連絡改札口も設置されている。
JR東海のIC乗車カードであるTOICA対応の簡易自動改札機が設置されており、
天浜線の自動券売機でも、JR線の乗車券を購入出来る様に便宜を図っている。

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(連絡改札口。JRホーム側から撮影。)

実は、多くの天浜線の駅舎や鉄橋等が、国登録有形文化財に一括登録になり、
丁度、記念スタンプラリーを開催しているそうだ。
駅員氏から勧められ、有形文化財駅は全て訪問する予定なので、同時に挑戦してみよう。
指定された11の駅スタンプと、天浜線に乗車した証明として、車内整理券を貼り込むルールだ。
本来、下車の運賃支払時に整理券は回収になるが、スタンプラリー参加の旨を運転士に申し出ると、
貰える事になっている。

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(国登録有形文化財記念スタンプラリー用紙。)



ここで、天竜浜名湖鉄道の簡単な歴史に触れておきたいと思う。
この掛川から、浜松市天竜区の天竜二俣を経由し、浜名湖北岸の町々を結んで、
新所原(しんじょはら)に至る長大ローカル線である。
いちローカル線として、大幹線である東海道本線から分かれるが、
再び、同線に繋がる珍しいバイパス状のローカル線になっている。



元々は、この掛川駅から天竜二俣駅へ行き、そこから北進して、JR飯田線の三河大野駅を経由し、
明知線(現・明知鉄道)に接続して、中央西線の恵那駅(えな-)まで結ぶ
「遠美線」(遠州と美濃を結ぶ路線の意味)の大構想によって計画された路線である。
しかし、軍需工場の集積地だった浜松の空襲時の迂回線として、新所原方面と結ばれた。
なお、戦時の緊急を要する状況から、掛川方と新所原方の東西から同時に建設が急がれ、
真珠湾攻撃の前年である昭和15年(1940年)に全線開通している。
実際に、地震や空襲の為、東海道本線の特急や軍用列車等が、迂回運行された事がある。

◆路線データ◆
第三セクター鉄道、旧国鉄二俣線、掛川から新所原まで、路線キロ67.7km、駅数38駅、
所要時間約2時間、狭軌1,067mm、全線単線、全線非電化、ワンマン運転。

◆略史◆
昭和10年(1935年)4月 二俣東線として、掛川-遠州森間開通。
昭和11年(1936年)12月 二俣西線として、新所原-三ヶ日開通。
※昭和12年(1937年)7月 日中戦争開戦(盧溝橋事件/ろこうきょう-)。
昭和13年(1938年)4月 二俣西線として、三ヶ日-金指(かなさし)間開通。
昭和15年(1940年)6月 遠州森-金指間が開通し、全線開通。
※昭和16年(1941年)12月 太平洋戦争開戦(真珠湾攻撃)。
昭和33年(1958年)11月 遠州鉄道の気動車が、西鹿島から天竜二俣まで直通乗り入れ開始。
昭和41年(1966年)10月 遠州鉄道から直通列車の取りやめ。
昭和46年(1971年)3月 蒸気機関車の全廃。
昭和59年(1984年)6月 第二次廃止対象特定地方交通線として、廃止決定される。
昭和60年(1985年)3月 鉄道貨物輸送の全廃。
昭和62年(1987年)3月 国鉄二俣線廃止。第三セクター鉄道の天竜浜名湖鉄道に転換。



天竜浜名湖鉄道の専用改札を通り、天浜線ホームに出てみよう。
改札口上の駅時刻表を見ると・・・朝夕のラッシュ時間帯は一時間に2-3本、日中の昼間は1本程度、
列車のおおよそ半分は、途中の主要駅の天竜二俣駅止まりになっている。

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(改札口からホーム。)
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(駅時刻表とスライド式発車番線案内。)

3両編成程度が停車出来る頭端式一面二線になっており、
第三セクター転換時に新設されたらしく、先細りになっている。
国鉄二俣線時代に使われていたJRホーム側には、簡単なポール柵が設置され、
旅客上屋は鉄道用ではなく、大きく湾曲した汎用ガレージタイプになっている。
なお、天浜線の番線の振り方は、昔の掛川駅の番線の振り方と同じで、
JRのある南側が1番線、駅長室がある北側が2番線だ(※)。

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(左が旧二俣線時代、右は新設の線路なので、緩やかにカーブしている。)
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(ホーム中程から、改札口方面を望む。あまり、幅は広くない。)
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(ホーム先端部。向かいの旧・国鉄二俣線ホームは、かなり長い。)

国鉄風の錆のある駅名標が、高い天井に吊り下げられている。

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(駅名標。国鉄風であるが、国鉄時代のものであるかは不明。)

また。2番線ホーム向かいには、大きな沿線観光案内板が設置されている。
色あせているが、第三セクター転換時に造られたものだろう。
沿線の観光名所が良く判る。駅近くの主な観光地の幾つかは、立ち寄る予定だ。

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(一番右の看板から順に掲載。)
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(沿線観光案内板。4枚に分かれている大きなものである。)

6時20分になると・・・単行気動車が、JR側の1番線に到着する。
2-3人の乗客が下車し、この車両が、折り返し掛川発一番列車の107列車・新所原行きになる。
車両形式は、TH2100形(2107号車)と言い、新潟トランシス製の新型軽快気動車だ。

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今回の天浜線の旅は、路線キロ60Km以上の長大ローカル線であるので、日程を二日間に分け、
今日は東側、明日は西側と、途中下車観光もしながら、じっくりと巡りたいと思う。

いつものパターンでは、最初に車窓ロケを兼ねて、通しで乗り鉄をするのだが、
陽がまだ低く、写真撮影の露出が不足気味である為、
掛川駅寄りの有形文化財駅を幾つか訪問し、一度、この掛川駅に戻って来よう。



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2016年7月12日再編集(記事分割)

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category: 天竜浜名湖鉄道1日目 23話

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