hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【292】スカーレットトレインでワイキキへ・・・名古屋鉄道蒲郡線(9)吉良吉田駅  


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西幡豆1200======1209吉良吉田
下り1163列車・普通・吉良吉田行
名鉄6000系6012編成(←6212+6012)2両編成
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西幡豆駅(にしはず-)から、終点の吉良吉田駅(きらよしだ-)へ向かおう。
三河鳥羽駅で列車交換をし、小さなピークを越えて、田園の中を快走すると、
吉良吉田駅2番線に到着する。



吉良吉田は、矢作川(やはぎがわ)の広大な三角州の東端に、発達した町である。
吉良の地名の由来は、近くで産出する鉱石の雲母(きらら)から、転じたとされている。
また、江戸幕府旗本であり、江戸城の松之大廊下事件(※)や忠臣蔵の討ち入り先として、
有名な吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしひさ)の領地であった土地柄だ。
ちなみに、義央は忠臣蔵の悪役であるが、氾濫する川の堤防整備や新田開発をしたり、
領内を赤馬で周って、領民の話を良く聞いたそうで、地元の名君として信奉されている。

また、室町時代から昭和中頃までの約500年間、塩の産地として、大いに栄えた。
江戸時代には、海水をそのまま引き込む入浜式塩田が大規模に整備され、
岡崎の八丁味噌に使われた、饗庭塩(あいばじお)のブランドで有名だった。
信州の塩尻(現・長野県塩尻市)まで結んだ、「塩の道」の起点地でもある。
なお、昭和46年(1971年)に塩田は全廃され、現在は、復元した入浜式塩田があるそうだ。
西尾市公式HP・塩田体験館など案内

さて、鉄道的な見地から、この吉良吉田を見てみると・・・
この蒲郡線、名古屋鉄道本線の新安城駅(しんあんじょう-)から伸びる西尾線と
かつての三河線の三線が接続し、ローカルでありながら、名古屋鉄道の鉄道要衝地である。
元々は、内陸部と三河湾を結び、吉田港の貨物を輸送する為に鉄道が敷設された。

なお、西尾線の西を並行に走る三河線は、内陸部の豊田市方面に行く縦断ローカル線で、
蒲郡線と同じく、三河鉄道から名古屋鉄道に合併された路線である。
名古屋鉄道本線知立駅(ちりゅう-)より南側の海線区間は、
碧南駅(へきなん-)を経由し、この吉良吉田に接続していた。
しかし、平成16年(2004年)春に、碧南駅から吉良吉田駅間の海線南部16.4kmが、
廃線になっている。
ウィキペディア公開ファイル・名古屋鉄道路線図(廃止路線付き)

到着した2番線ホームは、元・三河線のホームであり、
平成20年(2008年)の駅改良工事で、蒲郡線専用ホームに転用されている。
残念ながら、工事の際、木造旅客上屋は建て替えられてしまった。

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(蒲郡線専用2番線ホーム。)

2番線から蒲郡方は、真っ直ぐに線路が伸びる。
元々、蒲郡線は、昭和23年(1948年)に三河線から分割された路線であるので、
ホームと線路の位置関係は、この様に直線状になっている。
なお、直通運転中止後も、西尾線から蒲郡線への線路は、撤去されていない。

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(蒲郡方。)

向かいの旧1番線ホームもそのまま残っているが、旅客の乗降に使われていない。
ホームから西に線路も伸びているが、三河線の線路跡であり、距離も300mある。
また、踏切があるが、列車が通らないにもかかわらず、作動する珍踏切になっている。

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(蒲郡線の列車が2番線ホームに到着すると、警報機が作動して、遮断機が降りる。)

2番線ホームから進むと、乗り換え改札がある。
特急券等を扱わない、同一社内の中間改札だけのものは、珍しい。
ワンマン運転している蒲郡線専用の設備であり、通らなければ、乗り換えが出来なくなっている。
車内での運賃計算の負担軽減と利用客数データも集めているのだろう。
この中間改札も、平成20年(2008年)の駅改良工事の設置である。

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(乗り換え改札。この吉良吉田駅で下車する場合は、二回改札を通る事になる。)

この駅のホーム配置は変形で、半径160mの急カーブにある3・4番線の西尾線ホームが、
蒲郡線の線路に斜めに交差する様に配置されている。
まるで、駅全体が、ポイントの分岐側にある様な感じになっている。

なお、現在、4番線はあまり使われていない模様だ。
西尾線から蒲郡線への直通運転を行っていた頃は、列車交換設備として使われており、
3番線は西尾・新安城方面、4番線は西浦・蒲郡方面として使われていた。
なお、跨線橋は設置されておらず、4番線へは、蒲郡方の構内踏切を渡る。

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(西尾線専用3・4番線ホーム。)

実は、現在の吉良吉田駅は、初代は別の駅で、二回目の移転地になっている。
かつては、国道踏切北側付近に、初代・吉良吉田駅と矢崎川沿いの吉田港貨物駅があったそうで、
現在の吉良吉田駅は、三河吉田駅として、現在の西尾線と蒲郡線の合流付近に開業した。
また、西尾線は、吉田港への物資輸送の鉄道として敷設され、
現在の分岐駅である新安城駅からではなく、岡崎駅から西尾駅まで開通し、
西尾からは、吉田港と平板港(現・一色町付近)へ二股の路線が延びていた。
その後の大正期の好景気により、輸送量が増大し、線路の改良や電化を行ったそうだ。

◆吉良吉田駅(旧・三河吉田駅)の変遷◆ ※【】はマーカー色。
大正4年(1915年) 初代・吉良吉田駅(当時は別駅【赤色】)が、国道踏切北側付近に開業。
大正5年(1916年) 貨物駅の吉田港駅【錨】が、現在のJA西三河吉田支所付近に開業。
昭和3年(1928年) 現在の西尾線と蒲郡線のポイント付近(蒲郡方)に、
           三河吉田駅【青色】として開業。
昭和11年(1936年) 現在の蒲郡線1・2番線ホームから、西に200m付近に移転【黄色】。
昭和18年(1943年) 現位置に移転【電車】。
昭和20年(1945年) 初代・吉良吉田駅【赤色】と吉田港駅【錨】の廃止。
昭和35年(1960年) 三河吉田駅から吉良吉田駅に改称。



現在の国道247号線踏切より西尾方に、初代・吉良吉田駅が、
大正4年(1915年)から昭和20年(1945年)まであった。
また、同踏切付近から東に分岐した貨物線が矢崎川まで約300m延び、
貨物専用駅の吉田港駅が、大正5年(1916年)から昭和20年頃まであったそうだ。
現在、農協(JA)の西三河吉田支所がある付近だったらしい。
なお、昭和20年(1945年)には、大地震の三河地震が発生しており、
西尾周辺は震度7の激震だったそうなので、廃止はその影響も考えられる。

改札を通り、駅舎を見てみよう。
3番線に接し、階段を数段降りると、線路が挟まる西側に中規模駅舎が建っている。
蒲郡線の駅よりも近代的な駅で、一昔前の名古屋鉄道らしいデザインの様である。
なお、自動券売機が設置されているが、硬券入場券もある様だ。
蒲郡線で入手可能な硬券入場券は、この吉良吉田駅と蒲郡駅のみらしい。

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(中央改札。自動改札機も設置されている。)
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(自動改札機があるが、有人の出札口もある。)
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(駅舎外観。若草色の屋根が印象的だ。)

駅前に出てみよう。駅前はとても広く、何台もバスが停められる程だ。
駅前商店は少なく、地元の小さな食料品店、喫茶店と有料の民営自転車置き場がある。
以前は、駅舎並びの公衆トイレの場所に、名古屋鉄道公認の構内売店があったそうだが、
取り壊されてしまった。

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(駅前広場から駅舎。三河線廃止区間の代替バスも、ここから発着する。)



この吉良吉田で、昼食を摂る事にしよう。
今日は、早朝5時からの乗り鉄なので、かなり空腹である。

蒲郡駅で貰った沿線おすすめマップを見ると、駅の近くに、老舗の料理屋がある様だ。
駅から北に200m、2分程歩くと・・・国道踏切の近くに、食事処「ふくなが亭」がある。
大正7年(1918年)創業の日本料理割烹で、鰻と豚カツの店である。
建物は新しい感じで、民家風の洒落た綺麗な店だ。
日本料理福長・食事処ふくなが亭公式HP

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(ふくなが亭。)

少し敷居が高いかもと感じたが、店頭のメニューをみると、そうでもない感じだ。
落ち着いた広い店内は、意外と混んでおり、10人以上座れる大テーブルに案内される。
名古屋界隈なので・・・やはり、味噌カツロース(単品890円)と、
サラダバーセット(御飯、味噌汁、漬物付き・450円)を注文。
10分程度待っていると、出てきた。

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(味噌カツソースとサラダバー。)

関東の味噌カツと違い、ソースが上掛けではなく、衣に味噌が染みているタイプである。
衣も薄く、脂っぽくない。味噌は辛口で、キレと引き締め感のある良い味だ。
なお、あの八丁味噌ではなく、同じ町内の味噌蔵の今井醸造製とのこと。
ふくなが亭と同じ国道に面した、踏切を渡った先に直営店がある。
今井醸造公式HP

【食事処・ふくなが亭】
火曜日・第三水曜日定休。平日は11時から14時、17時半から20時半まで。
土日祝は11時から14時、17時から20時半まで。駐車場あり。



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(※)
元禄14年(1701年)3月、江戸城内の松之大廊下にて、赤穂藩主浅野長矩(あさのながのり)が、
吉良義央を斬りつけた事件。江戸城内での刃傷沙汰は大問題になり、浅野長矩は即日切腹となった。

【参考資料】
名鉄西尾・蒲郡線沿線おすすめマップ(市民まるごと赤い電車応援団・2014年)
西尾鉄道開業百年よもやま話(西尾鉄道開業100年記念誌刊行会・2011年)

2016年12月26日再編集(画像入れ替え高解像化・校正)

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