hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【26】大正ロマンと日本一の田園風景を訪ねて・・・明知鉄道(7)明智駅下車観光 日本大正村[その2]大正村役場  





(グーグルマップ・大正路地から大正村役場までのストリートビュー。)

100m程歩くと大きな通りに出て、その先にも、石畳の急坂が続いている。
坂の入り口の左側の建物も、たいそう古く、明治時代の交番跡【交番マーカー】だそうだ。
現在は、雑貨屋が営業しており、左隣にも、格子戸のある明治時代の民家が連なっている。

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(石畳の急坂。)
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(大通り沿いの町家。)

細い路地の急坂を上り、左手を見ると・・・
この大正村の中心的建物で、シンボルでもある大正村役場【黄色マーカー】がある。

明治39年(1906年)築の100年の歳月を越えるこの古い洋館は、
昭和32年(1957年)まで、明智町役場として使われていた。
当時、非常にモダンな二階建て木造洋館が建てられると、町の人々を大変驚かせたそうだ。
映画の撮影にも使われた事もあり、文化庁の登録文化財にも指定されている。
マピオン電子地図 (大正村役場)

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(観光案内板。)

何故、山中の明智に、このようなモダンな建物が・・・と思うが、
当時の明智は、日本の産業と輸出を支えた養蚕・製糸産業の東濃エリアの中心地として、
人、物資や資金が集まって、大変栄えていた為らしい。

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(日本大正村役場。旧・明智町役場として使われていた。)
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(ハイカラな大型縦窓。)
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(坂の上からの大正村役場全景。)

この坂を登り切った、突き当たりの石段上には、絵画館【緑色マーカー】がある。
元は町の小学校で、教室はひとつだけの小さな学校になっている。
この元・小学校も、特に玄関と窓枠の形が、とてもモダンだ。

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(絵画館。旧・明智小学校である。)
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(モダンな窓。)

元小学校の正面玄関から望むと、明智川まで伸びた石畳が敷かれた路地は狭く、
雰囲気満点である。

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(絵画館玄関から、大正路地を望む。)



大正村役場の建物に入ってみよう。中は、ひんやりと涼しい。
中には、無料休憩室、雛人形の部屋や各種の展示があり、誰でも見学が出来る。
また、明智町の観光事業を行っている大正村事務局も、ここに置かれている。

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(日本大正村役場玄関。)

玄関を入ると・・・昔の学校の様な長い土間あり、靴を脱いで上がる。
昔のラジオ蓄音機が奥に置いてあり、懐かしい曲を奏でて、迎えてくれた。
一階には、事務所や無料休憩室など、二階の角には、元・明智町長室があり、
大正ロマンのゴージャスさを感じる所だ。

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(昔のラジオ蓄音機が、玄関横に置かれている。)
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(二階角の元・明智町長室。)

二階から階段を下りて、一階の廊下の角を曲がった所で振り向くと、
年季の入った廊下板、木枠の板ガラス窓、ひとつ白熱灯・・・雰囲気いっぱいだ。

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(一階の廊下。)



大正村役場から出ると・・・何だか賑やかである。
懐かしいチンドン屋が、演歌をアレンジして演奏している。
太鼓にあわせて、時々、調子が外れたサックスが何とも言え無い。
「絆」と言うバンド名のプロの演奏者だそうで、
拍手喝采の後に坂を下り、チンドンと町中を練り歩きに行く。

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(ちんどん屋「絆」。)




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2016年1月23日再編集
2016年5月30日再編集(文体変更・画像整理)
2017年1月10日再編集(全画像再処理入れ替え・文章追加)

【参考資料】
現地観光案内板・解説板

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category: 明知鉄道 全16話

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