hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【25】大正ロマンと日本一の田園風景を訪ねて・・・明知鉄道(6)明智駅構内&明智駅下車観光 日本大正村[その1]大正路地と八王子神社。  


駅から約100m北に踏切があり、明智駅構内が一望出来るので、行ってみよう。
手前右側は、洗浄線(洗車場)で、天気も良いので、足場に布団を干している。
その右側には、乗務員詰所(待機宿泊所)がある。

構内は意外と広く、かつての貨物側線もあり、奥に大きな車庫が並んでいる。
また、線路に並行した「ハエたたき」デザインの電柱も、懐かしいタイプだ。
鉄道用の電信ケーブル線であり、主要幹線になると、ハエたたきの様に大きかった。

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(明智駅構内全景。)

出発を待つ列車に、ひとり、またひとり、と間隔を開けながら乗車している。
綺麗な花が線路際に咲き、標識の「15」は、構内時速15km制限(以下)と言う意味になる。

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明知鉄道の主力であるアケチ10形は、富士重工業製のLE−DC形軽快気動車として、
初めて開発された車両で、以降の第三セクター鉄道やローカル民鉄向けの標準的仕様になっている。
現在、10、11、12、13、14の5両があり、10と14はロングシート車、
他はセミクロスシート車になっている。
また、旧型気動車のアケチ6形(6)ロングシート車も1両だけあり、全6両が在籍している。
ホームには11、車庫内の12と14が見え、全長15mと小さい車体の為に自重は26.0tしか無く、
気動車としては、かなりの軽量車両になっている。
なお、旧型のアケチ6形は、名物の懐石料理のイベント列車や予備車に使われているそうだ。

因みに、国鉄時代は、軽量小型なタンク式蒸気機関車のC11形やC12形が運用され、
最後まで活躍した蒸気機関車はC12-230号機だった。
昭和48年の旅客無煙化後は、勾配線区用の気動車キハ52-120、121、122、123、136と137
の計6両が運用され、1日9往復程度運行されていたそうだ。
なお、現在の洗浄線の場所に、機関車の車庫と給水塔があり、貨物ホームが車庫付近にあった。



踏切板上から、恵那方の30‰(パーミル)の上り勾配を望むと、大変な急坂である事が良く判る。
隣の野志駅までは、2kmの駅間距離があり、此処から高低差50mを登る。

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(踏切から急勾配を望む。)

突然、踏切の警報機が鳴り始めると・・・定刻の12時57分、タイフォンを鳴らし、上り列車が発車。
大勢の乗客を乗せて、全力で急坂を登り、遠いジョイント音がレールに響いて来る。
線路際の菜の花と家庭菜園が良い感じで、深い山里の穏やかな春を感じさせてくれる。

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(恵那行きの上り列車が登って行く。)



さて、すこぶる春の好天の中、明智駅で途中下車をして、町並み散策をしよう。
鉄道だけでなく、鉄道と共に歩んで来た地元の町並みを見るのも興味深い。

明智町は、日本大正村として、街の景観の整備や保存に長年に渡り取り組んでおり、
町内各所に大正時代前後の建物が、今もなお残っている。
今日は、町のお祭りの「ちょっとおんさい祭り」の開催期間中の為、大変な人出だ。
なお、テーマパークでは無いので、一部の施設を除いて、入場料は不要になっている。

この日本大正村は、元々は明智町の町おこし・観光事業として、始まったそうだ。
特定の区域に限定するものではなく、町全体を大正時代風に保存・再現するアイディアで、
昭和63年(1988年)に財団法人を設立し、開村したので、まだ比較的新しい。
初代村長は高峰三枝子、2代村長は司葉子、2015年より三代目村長として竹下景子が務め、
人気有名女優を村長にしている。



駅出入り口右手に、大きな観光案内地図がある。
駅の位置は看板の左下になる。川の向こうの旧市街地に行ってみよう。

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(駅前の観光案内板。)

町の中央部を流れる明智川の小さな橋を渡ると、橋の畔に小さな地蔵も安置されている。
マピオン電子地図 ・明智川の小橋

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(明智川の流れ。)
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(明智川の小橋を渡る。)

橋の先の緩やかな坂道は、大正路地【赤色マーカー】と言い、江戸時代から続いた呉服問屋の蔵と
明治の終わりから大正時代まで米を納めた米蔵が連なっていて、とても良い雰囲気になっている。
黒と白のコンストラストが見事であり、黒板の下は防火の為、土壁になっているそうだ。

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(大正路地。)

大正路地を抜けた交差点から、西の方に行くと、山際に八王子神社がある。
毎年10月の大祭では、明智太鼓が2日間鳴り響く中、
屋台に乗せた太鼓を軽衫(かるさん/ズボン状の袴)姿の娘達が引き、町内を練り歩くそうだ。

創建は天暦3年(949年)、天照大神の8人の王子・王女の分霊を勧請したのが始まりとの事。
領主遠山家の氏神として庇護されていたが、甲斐武田家の侵攻で明知城は陥落し、
この八王子神社も兵火により焼失した。
その後、関ヶ原東軍の遠山利景(としかげ)が復権し、慶長8年(1603年)に再興された。
現在の社殿は、延宝4年(1676年)に四代遠山伊次が造営した権現造で、
正面の神門は明知城の城門を移築したと言われているそうだ。

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(郷社八王子神社。)



相互リンクして頂いている、しなの7号様のブログで、
明知線で6年間、活躍したC11-265号機の静態保存の様子が紹介されています。
昭和の鉄道員ブログ「【146】保存鉄道車両訪問2:半田市C11-265」



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2016年1月23日再編集
2016年5月30日再編集(文体変更・画像整理)
2017年1月9日再編集(全画像再処理入れ替え・文章追加・画像追加)

【参考資料】
現地観光案内板・解説板

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【146】 保存鉄道車両訪問2:半田市 C11 265

中津川機関区に所属し現役引退した蒸気機関車に再会するために保存先へ行ってまいりました。 今回は半田市に保存されたC11 265号機です。 前回のブログ記事でおわかりのように、知多

昭和の鉄道員ブログ | 2011/05/15 19:34