hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【266】ハイランドたぬき村への招待・・・近江鉄道本線&信楽高原鐵道(6)信楽駅下車観光 信楽窯元めぐり[その1]明山窯と丸由窯。  


信楽は山深き場所にありながら、日本古六窯のひとつと言われる、陶器の名産地である。
周辺から良質の粘土が産出する事から、古代より土器が作られていたらしいが、
明確には、12世紀の平安時代末期頃から、独自の硬質陶器として発展したそうだ。
時代が下がると、茶道に使う陶器(茶陶)や庶民の日常生活に使う陶器も、作る様になったと言う。
今では、たぬきの置物がシンボルとなり、生活用品や置物等の多種多様な製品が、作られている。

また、近年、この大戸谷(おおど-)入口の紫香楽(しがらき/信楽と同音)に、
大きな宮殿と思われる建物跡が発見され、平城京に遷都以前、聖武天皇の離宮があったと言われる。
深い山の中にかかわらず、伊勢詣に向かう街道往来の要衝地でもあり、
京都や大阪方面の大消費地に運びやすかった事も要因であろう。





信楽駅前から、真っ直ぐに伸びる県道を北西に歩く。
大戸川(だいどがわ)を渡り、国道307号線との交差点周辺には、信楽焼を扱う店が集まっており、
信楽焼の展示会、資料保管や観光案内等を行っている、信楽伝統産業会館もある。
その先には、地鎮の新宮神社があるので、門前町風にも感じる。
先に、産業会館の案内所に立ち寄り、街歩きパンフレットを貰って、見所を聞いてみよう。
山側に散策コースがあるそうなので、時間が限られているならば、それが良いとの事だ。

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(信楽駅前からの風景。)

新宮神社前には、陶器店「古民具いまい」【灰色マーカー】がある。
この周辺の陶器店でも、特にレトロな信楽焼が揃っていて、目を惹きつける店だ。
古い信楽タヌキの表情は、リアルな感じで、少し怖くも感じる。

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(古民具いまい。)

交差点角の「ホッとまるた陶喜」【茶色マーカー】は、タヌキの置物が豊富で楽しい。
このタヌキの置物も、色々な大きさやポースが沢山あり、
自分や誰かに似ている子を探すのも、面白いかもしれない。

このタヌキの置物は、江戸時代の茶道具であったものを、
明治時代に改良し、更に現代風に可愛らしくしたものだそうだ。
終戦直後、昭和天皇の信楽行幸の際に詠まれた事から、全国的に報道され、
今では、信楽焼のシンボルになっている。
また、縁起物として、商店や旅館等に置かれる事も多く、
小生の鉄道旅でも、大井川鐵道神尾駅(かみお-)のタヌキ村が思い出される。

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(ホッとまるた陶喜。タヌキの店と化していて、面白い。)

駅からの通りの突き当たりにある、新宮神社【鳥居マーカー】は、
街の中心部にあり、この近辺の産土神(うぶすながみ)だそうだ。
今日は、賑やかな市が開かれているので、帰りに寄ってみよう。

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(新宮神社とげなげな市。)

信楽の窯元は、かつて、薪を焚いた登り窯を斜面に設置した為、
神社裏手の傾斜地に集中しており、意外と狭い範囲に集まっている。
今は、窯元散策路が整備され、各所に案内板もあって、散策しやすくなっているそうだ。
神社裏の「ろくろ坂」の急坂を登って行こう。

周辺は旧家も多く、これを観るだけでも、結構楽しくなってくる。
冬の気候は厳しいと思うが、街全体の伝統も大事にする、製陶の里を感じさせる。
戦後の最盛期には、300以上の焼き窯と、その内の100もの登り窯があったそうで、
沢山の窯から立ち上がる煙は、この信楽の風物詩だったらしい。
現在は、大小30程の窯元があり、電気窯やガス窯が主に使われている。

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(旧家の路地の角にも、タヌキ様が鎮座している。)

神社裏のろくろ坂を登り切った三叉路横には、
この信楽を代表する登り窯である、明山窯(めいざんがま)【赤色マーカー】がある。
江戸時代から昭和40年頃まで使われた、十段(間)の大きな登り窯で、
信楽焼が得意な壺や鉢の大物も、大量に焼けるのが特長である。
現在は、観光客向けの見学施設として、陶芸教室、カフェや売店を併設しているそうだ。
明山窯公式HP(明山陶製)

余熱を効率良く利用できる登り窯は、共同使用もされた。
最下段の火袋で、最初に一昼夜焚き、その後、下から順の段毎の焚き(間焚き)をした。
今は、窯口が大きく開いているが、焚く時には、薪が一本入る位の穴を残して閉鎖される。
また、最上段の間は、「果ての間」と言われ、最大の部屋になっているそうだ。

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(明山窯の上段部。)
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(窯口。)
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(最下段の火袋。)
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(信楽特産のナマコ釉火鉢。終戦後は、飛ぶ様に売れたそうだ。)

明山窯から道を左に曲ってみよう。
窯場坂と言われる道の周囲には、大小の窯元が沢山集まっている、窯元の銀座通りである。

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(窯場坂の案内板。)

その先の急坂の横には、屋根の無い露天の丸由窯【黄色マーカー】がある。
昭和42年(1967年)まで使われていた、登り窯だそうで、草も生えて侘び寂びを感じる。
なお、工場に声をかければ、近くで見学も出来るそうだ。

明治末期の標準的な十一段(間)の登り窯であったが、窯の燃料重油化で、
重油タンク設置の為に上部の四段を取り壊した為、七段のみが残っている。
平成19年(2007年)には、通商産業省の近代化産業遺産にも指定されている。
なお、これらの窯は引退しているが、町の西にある宗陶苑に唯一現役の登り窯があり、
江戸時代築の十一段の大型窯で、年に数回焚き上げるとの事。
宗陶苑公式HP

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(丸由窯。)

窯元散策路には、所々に陶器オブジェも飾られており、良い雰囲気を醸し出している。
この壁に並べられた円筒形のものは、立匣鉢(たちざや)と言い、
壺等を窯に入れた時に使う専用の台座(焼台)だそうだ。
この坂をもう少し行くと、女流陶芸家のますみ窯【緑色マーカー】があり、
主に食器等を制作している。

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(立匣鉢のオブジェ。)
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(女流陶芸家のますみ窯。)



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【参考資料】
現地観光案内板

2016年7月11日再編集
2016年12月24日再編集(画像入れ替え高解像化・画像追加・文章修正・校正)

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category: 近江鉄道本線&信楽高原鐵道 全10話

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