hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【264】ハイランドたぬき村への招待・・・近江鉄道本線&信楽高原鐵道(4)信楽高原鐵道 貴生川駅から、終点信楽駅へ。  


二面三線の中規模駅の貴生川駅は、JR草津線、近江鉄道本線と信楽高原鐵道の三路線が接続している。
町も大きいのではと思うが、実は、水口駅周辺の方が大きく、甲賀市役所も置かれている。
明治33年(1900年)、近江鉄道本線の貴生川までの開通に合わせ、
関西鉄道(現・JR草津線)との接続駅として開業し、昭和8年(1933年)に国鉄信楽線が開通した。

関西鉄道は、当時の官営鉄道(後の国鉄)と、名古屋から大阪間の熾烈な乗客獲得競争で名を馳せ、
急行列車のスピード競争、片道運賃とそう変わらない往復運賃割引や弁当サービスまでも行った。
名古屋から亀山と加茂を経由し、大阪方面に抜ける現在のJR関西本線の前身会社であり、
和歌山や難波にも路線を伸ばしていた、明治期の大鉄道会社であった。
しかし、明治40年(1907年)に国有化され、この競争が国の鉄道政策に反感を持たれた様で、
国有化後は電化も遅れ、事実上の格下げローカル線になってしまった。
後に発足した近畿日本鉄道に、国鉄競合線としての役割が移ったのも、何か感じる所である。





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【信楽高原鐵道の停車駅・信号所と設置年】
貴生川 下り527D・普通・信楽行き・SKR310形(311)単行
1054発

小野谷信号所(おのたにしんごうじょ)現在使用中止・平成3年(1991年)

紫香楽宮跡(しがらきぐうし)第三セクター転換時の追加設置駅・昭和62年(1987年)

雲井(くもい)国鉄信楽線の開業時の・ 昭和8年(1933年)

勅旨(ちょくし)国鉄時代の追加設置駅・昭和38年(1963年)

玉桂寺前(ぎょくけいじまえ)第三セクター転換時の追加設置駅・昭和62年(1987年)

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信楽(しがらき)
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貴生川駅から、信楽高原鐵道(しがらき-)の乗り換えて、信楽駅へ向かうとしよう。
この信楽高原鐵道は、路線長14.7km、駅数6駅の小さな高原鉄道である。
昭和8年(1933年)に国鉄信楽線として、終点の信楽駅まで全開通し、
周辺の人家が少ない為、開業時の途中駅は、雲井駅の一駅しか無い路線だった。

深山の中にある信楽の交通事情を改善し、特産の信楽焼を貨物輸送する重要な役割もあったが、
典型的な赤字ローカル線で、昭和50年頃の営業係数は693であった。
昭和55年(1980年)の国鉄再建法に基づく、第1次廃止対象特定地方交通線の40路線のひとつに
選定されてしまったが、地元の強い反対運動もあり、昭和62年(1987年)に第三セクターに転換。
現在は、線路等の固定資産を甲賀市が所有する、上下分離方式の第三セクター鉄道になっている。
なお、滋賀県内では、唯一の非電化路線となっている。

また、昭和18年(1943年)から4年間は、太平洋戦争の鉄材供出による不要不急線として、
全線で運行が休止され、レールのみならず、枕木まで剥がされた事がある。
終戦後の昭和22年(1947年)に、信楽町民の全面的な協力により、鉄路が復活している。

JR貴生川駅の南西側が、信楽高原鐵道のホームになっており、国鉄時代は0番線が振られていた。
既に、10時54分発の信楽行きが待っているので、乗車しよう。
この気動車は、平成13年(2001年)導入の富士重工製のLE-DC軽快気動車SKR310形(車番311)で、
ハイパワーな295馬力日産製ディーゼルエンジンを搭載する。定員は94人、自重27.0tである。

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(貴生川駅0番線に停車する、SKR310形311。)

「ファーン」と、タイフォンを鳴らして、定時に発車する。
貴生川駅構内を25km以下で徐行した後、国道の高架橋をアンダーパスし、
レールの軋み音を立てながら大きく右にカーブすると、ノッチが全て入る。
大きい右カーブを抜けると、野洲川の支流である杣川(そまがわ)をデッキガーター鉄橋で渡る。
ここから6.5km先の小野谷信号所まで、滑り台の様な33パーミルの急勾配が始まり、
標高は180mも一気に登る。高い盛り土の踏み台部が続き、エンジンはけたたましく全開だ。

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(車内の様子。)
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(杣川橋梁と急勾配。※上り貴生川行き列車の最後尾から、信楽方を撮影。)
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(盛り土の急勾配をぐんぐん上がり、家々の屋根が眼下になっていく。)

左右の広大な田圃と点在する集落が眼下になり、床下のディーゼルエンジンが唸り続けて、
貴生川駅東の飯道山(はんどうやま/標高664m)南麓に線路が接続すると、
半径200m級の連続急カーブをこなしながら、背の高い木々の間をどんどん登って行く。
4kmポスト付近に差し掛かると、カーブも緩やかになり、左窓に点在する集落が見え、
高原鉄道の名に恥じない風景が広がる。

国鉄信楽線時代は、タンク式蒸気機関車C11形や中型テンダーのC58形が、この急勾配に挑んだ。
昭和37年(1962年)の旅客無煙化後は、勾配線区用ツーエンジン搭載気動車の
キハ52やキハ53が運行されたそうだが、この33パーミルの長い登り急勾配では、
自転車並みの時速20km程度しか出せなかったそうだ。


(国土地理院地図電子国土Web・飯道山南麓付近)

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(4kmポスト付近の展望。水口町山上集落付近。※上り貴生川行き列車から撮影。)

列車は険しい小野峠を迂回して、その南側にある山の裾を、北から西へとぐるっと回る。
この先は、飯道山と岩尾山(標高471m)との山峡部の小野谷に入るが、人家は全く無い。
この狭い谷は、信楽高原鐵道、新名神高速道路と国道307号線が、針に糸を通す様に並行している。

単線の両側に木々が鬱蒼と茂る直線区間が続き、警報機と遮断機のある踏切が急に見えると、
貴生川駅から約10分で、小野谷信号所を通過する。
現在、全区間でひとつのスタフ閉塞となっているので、この信号所は使用されていない。
よって、全区間で一列車のみの運行であり、貴生川と信楽間をピストン往復している。

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(小野谷信号所。※上り貴生川行き列車の最後尾から、信楽方を撮影。)

信号所先からは、25パーミルの長い下り勾配になり、抑速ブレーキを使いながら、下って行く。
新名神高速道路のコンクリート橋を潜る付近にある、隼人川に架かる鉄橋を渡った先からは、
右手の視界が徐々に開けて来て、下り勾配も終わりに近づくと、
第三セクター転換時の追加設置駅である紫香楽宮跡駅(しがらきぐうし-)に停車する。
この付近からの線路は、山裾に沿って南に進み、南北に伸びる細長い谷間に入って行く。

駅先の小川から登り勾配となり、直ぐに、小さな木造駅舎と桜並木がある雲井駅に到着する。
ここからは、緩やかな下り坂で、田畑が広がった中に家々が点在し、視界も開けて良い景色だ。
交差する道路は、警報機や遮断機の無い第四種踏切も多い。
なお、どの途中駅も、列車交換設備の無い、単式一線の棒線駅である。

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(雲井駅。上り貴生川行き列車の最後尾から、信楽方を撮影。)

次駅の国鉄時代の追加設置駅である、勅旨駅(ちょくし-)に停車した後、再び小森の中に入る。
大戸川(だいどがわ)を渡る、登録有形文化財の第一大戸川橋梁(※下記参照)を渡ると、
もうひとつの第三セクター転換時の追加設置駅である、玉桂寺駅(ぎょくけいじまえ-)に停車。
信楽方には、吊橋の人道橋が、大戸川と線路を一緒に跨いでいるのが面白い。
この先の狭小部では、大戸川の川岸を走り、第二大戸川橋梁前後のアップダウンを越えると、
車両検修区(車両整備工場)の大きな建物と信楽駅が見えて来る。

第一大戸川橋梁は、日本初の鉄道用コンクリート製橋梁で、
現在のコンクリート製橋梁や高架のモデルとなっている。
国鉄時代に、自重約100tもあるC58形蒸気機関車の走行試験や振動試験、
コンクリートの品質試験等が行われ、その安全性が研究されたそうだ。

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(第一大戸川橋梁と玉桂寺駅の吊橋が見える。※上り貴生川行き列車の最後尾から、信楽方を撮影。)
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(玉桂寺−信楽間。信楽手前の狭小部。※上り貴生川行き列車の最後尾から、信楽方を撮影。)

【登録有形文化財・信楽高原鐵道第一大戸川橋梁】
昭和29年(1954年)竣工、プレストレストコンクリート造、橋長31m。
平成20年(2008年)7月8日登録。
橋長31m、単線仕様の単桁橋。桁高を抑え、フレシネ式ポストテンション工法により、
鋼線を挿入した4基のI形桁を、ロッカー支承で支える。
わが国で最初に築かれた本格的プレストレストコンクリート造橋梁(PC橋梁)である。
(文化庁国指定文化財等データーベースより、抜粋・編集。)

そして、所要時間約25分で、終点の信楽駅に到着する。
ステップを降りると、ひんやりとした清涼な空気感を頬に感じ、高原に来た感じがする。
なお、大戸川の源流部に信楽の町が広がっているので、本当に行き止まり線になっている。
改札口に行くと、駅長制帽を被った可愛らしいタヌキ嬢が、歓迎してくれた。

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(信楽駅に到着。)
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(名物のタヌキ駅長。)



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【参考資料】
NHK番組ふるさとの証言「国鉄信楽線-昭和22年-」(1982年放送)
日本鉄道技術協会トピックス「信楽高原鐵道第一大戸川PC橋梁」(菅原操著)

2016年12月23日再編集(画像入れ替え高解像化・文章追加・校正)

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category: 近江鉄道本線&信楽高原鐵道 全10話

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