hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【256】潮騒と浪漫の小さな鉄道・・・銚子電気鉄道(11)外川駅の駅舎と車両紹介。  


外川駅(とかわ-)の駅舎は、ホーム南寄り終端方にあり、
開業当時からの古い木造駅舎なので、築100年を越えている。
鉄パイプ製の改札を通り、駅舎内に入ってみよう。

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(改札口とデハ801。)

所々、木目のベニア板で補修してあるが、往年の雰囲気を十分に残している。
15畳程の広さのある待合室には、窓沿いの据え付け木造ロングベンチと
黄色い看板のヒゲタ醤油のベンチが、中央に背中合わせで並んでいる。

木造の出札口も、レトロな雰囲気がタップリで、真ん中の窓口のみ使われているが、
窓口は三ヶ所もあるので、昔は今以上に大変混んだのだろう。
右側のショーケースの場所は、鉄道小荷物窓口跡で、一段低いテーブルも残っている。

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(出札口周辺。)
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(待合室西側窓下の木造ベンチ。)

初老の駅長氏から、入場券を記念に購入しよう。
横に長いD型券と言われる硬券入場券は、国鉄の指定席券や寝台券と同じ、懐かしいサイズだ。
また、到達記念の絵葉書タイプのカードも、サービスで頂いた。
左側は、仲ノ町駅の車庫見学記念入場券と犬吠駅購入の開運硬券切符である。

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(硬券入場券など。)

天井は意外と高く、昔ながらの笠付き白熱灯が点灯し、電灯線は剥き出しになっている。
感電するのでは・・・と思うが、触らなければ、大丈夫な様だ。

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(待合室の天井。)

外に出てみよう。
駅舎本屋は、笠上黒生駅(かさがみくろはえ-)やかつての犬吠駅と同じデザインで、
開業当時の雰囲気を十分に残しており、テレビの旅番組でも良く紹介されている駅舎だ。
残念ながら、窓枠はサッシに交換されており、六面分割タイプの木枠窓だったとの事。

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(駅出入口。)
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(外川駅外観。左側に庇があると、かつての犬吠駅と同じデザインになるらしい。)

駅舎前にある昭和25年(1950年)製のこの赤ポストは、
平成23年(2011年)12月に設置されたものだ。
佐原郵便局に保管されていたものを修復し、本来のポストとして、取集めもされている。
また、昭和60年(1985年)に放送された、NHKドラマ「澪つくし」の案内板もある。
銚子鉄道(後の銚子電鉄)が開通した、大正から太平洋戦争終戦頃までのドラマになっており、
この銚子電鉄や外川でロケが行われ、ドラマも大ヒットした。

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(2000形京王色とデハ801、郵便ポスト。)
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(ドラマ澪つくしの案内板。主演は沢口靖子嬢で、出世作になっている。)

なお、「澪つくし(澪標)」とは、船の通りやすい航路を示す海上標識(杭)で、
古典である和歌の掛詞(=身を尽くす)になっており、その歴史は古い。



ここで、銚子電気鉄道の車両を、簡単に紹介したいと思う。
現在、両運転台型の1000形が2両、2両固定編成の2000形が二編成の計四編成と
予備車であるデハ801、車籍は無いが、小型電気機関車のデキ3がある。

・車両運用上は、架線電圧600V規格と給電設備の容量の制約が大きい。
・全て中古譲渡車両で、自社発注車両はない(過去、一例のみあり。)
・ワンマン運転改造済み。但し、通勤通学時間帯、週末やハイシーズンは、車掌が乗務する事がある。
・電動車の車番は、伝統的にデハを使用し、後年ほど、大きな数字になる。
・冷房は給電設備の容量の関係で、走行中は使えない(銚子駅、又は、外川駅の停車中は可能)。

◆1000形/デハ1001・1002◆
営団地下鉄(現・東京メトロ)銀座線2000形電車の譲渡車両。
片運転台を両運転台に大改造し、単行運転できるようにしてある。
16m鋼製車体、自重30.5t、定員96名、WN平行カルダン駆動、抵抗制御方式。

デハ1001は昭和35年(1960年)帝国車両製造、デハ1002は昭和34年(1959年)日立製作所製造で、
元地下鉄の第三条軌集電の為、日比谷線3000形のパンタグラフを移植した。
軌間も合わない為、富士急行の車両で使われていた台車に交換してある。

営団2000形2046の車体に、2033の運転台を取り付けたのが、デハ1001。
営団2000形2040の車体に、2039の運転台を取り付けたのが、デハ1002。
なお、デハ1002は、平成27年(2015年)1月をもって営業運転を終了し、
同年9月に、元京王電鉄5000系2両固定編成を伊予鉄道から譲渡導入し、整備中である。

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[上]デハ1002。地下鉄車両らしい乗降扉の高窓が特徴。屋根のスラントに、ベンチレーターがある。
[左下]地下鉄時代、第三条軌が離れるポイント等で、停電するので、非常灯が複数設置されている。
[右下]デハ1001車内。某ゲーム会社協賛の特別シート仕様である。

また、地方の中小ローカル民鉄にとって、車両新製は億の予算が必要となる為に難しく、
大手民鉄から中古車両を譲渡して貰う事が多い。

このデハ1001の銚子電鉄への入線は、平成6年(1994年)になり、
製造年は昭和30年後半になるので、車歴は40年弱になる。
運転室後ろの天井付近には、多数のラベルやプレートが掲示され、経歴の複雑さが読み取れる。
プレートに隠れている数字が、元の営団時代の車番である。

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(デハ1001の運転席後ろのプレート類。)

◆2000形/デハ2001+クハ2501・デハ2002+クハ2502◆
平成21年(2009年)に、伊予鉄道から二編成を譲渡。
元・京王電鉄2010形電車、伊予鉄道時代に1500Vから600Vへ降圧済み。
銚子方は湘南顔と言われる非貫通形デハ(電動車)、外川方は貫通形クハ(付随車)で、
銚子電気鉄道としては、初の二両固定編成・冷房装備車。
昭和37年(1962年)日立製作所(銚子方デハ)・日本車両(外川方クハ)製造、
17m鋼製車体、WN平行カルダン駆動、抵抗制御方式。

外川方のクハは、元々、中間車のサハだった為、伊予鉄道時代に運転台を増設。
他の車両からの移植ではなく、オリジナルである。
台車は、伊予鉄道導入時、狭軌である京王井の頭線用1000系を流用している。

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[上]デハ2001+クハ2501。京王旧伝統色の緑色に塗装、当時は、グリーン車と言われた。
[左下]昔懐かしいエンジ色のロングシート。クッションも厚く、良く跳ねる。
[右下]アナログライクな運転台。国鉄でも採用されていた若草色は、乗務員が落ち着く効果がある。

◆800形/デハ801◆
昭和60年(1985年)伊予鉄道から譲渡。銚子電鉄最後の吊り掛け駆動電車。
現在は、休車(予備車)扱いで、外川駅構内に留置中。
両運転台改造済みで、銚子方は非貫通、外川方は改造された貫通形のふたつの顔がある。
昭和25年(1950年)、帝国車両製造、16m半鋼製車体、自重28.2t、定員120名、
吊り掛け駆動、抵抗制御方式。

半鋼製車体の吊り掛け電車として貴重であり、観光客や鉄道ファンに人気があったが、
2000形導入と国からの車体衝突安全性に関する勧告により、事実上引退した。

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[上]このツートン塗装がお馴染みだが、古くは、赤-クリーム(窓部)-赤の塗装だった。
[左下]床は総板張りである。冬は暖かく、夏は涼しく感じるのも、風流である。
[右下]簡素な運転台。この頃の電車には、速度計や圧力計が無い。運転士の経験に頼る。
(下の2枚の写真は、本線現役時代の撮影。)



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【参考資料】
RM LIBRARY 142「銚子電気鉄道(上)」(白土貞夫著・ネコパブリッシング刊・2011年)

2016年5月25日再編集(文体変更・画像整理)

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category: 銚子電気鉄道 全15話

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