hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【257】潮騒と浪漫の小さな鉄道・・・銚子電気鉄道(12)外川駅下車観光 外川めぐり[その1]外川街地・外川港・大杉神社  


では、外川(とかわ)の町を見に行こう。
鉄道ファン的には、外川駅の古い駅舎の佇まいを見てしまうと、十分に満足してしまい、
街中に行く人は少ないのだが・・・実は、犬吠埼周辺よりも、見所が多い。

外川町は、銚子半島最南端の港町として、約850世帯・約2000人が暮らす大きな町になっており、
昭和12年(1937年)に銚子市に編入される前は、海上郡高神村(うなかみぐんたかがみむら)だった。
なお、外川の読みは、道路標識では、「とがわ」になっている場所もあるらしいが、
町名も駅名も濁らない、「とかわ」の読みになっている。



外川駅がある場所は、街中の最も高い所になっており、
銀行、郵便局や小さな商店街も近くにあって、この町の中心地になっている。
南に120m程行くと、一気に海岸まで下る急斜面になっている坂の町である。

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(駅より一本西側の通りが、現在のメインストリートになる。※冬再訪時の撮影。)

実は、この外川の町は、江戸時代初期の計画都市である。
江戸時代の初め頃、銚子沖や九十九里浜沖は鰯の大漁場で、
鰯は食用よりも、魚油や畑の肥料として加工されていた。
鰯を天日干しした肥料を干鰯(ほしか)と言い、紀州産や九州産が主産地であったが、
需用が急増した為、この房総沖まで、紀州等の関西の漁船が遥々来ていたそうだ。

この房総沖の漁場の近くに、母港を持ちたいと考えていた紀州の有力漁民の崎山次郎衛門は、
長年の鰯漁で築いた莫大な私財を投入し、この外川に大規模な港を造った。
また、海を望む南向きの広い急斜面を住宅地として整備し、
郷里の紀州から漁師や商人達を100人以上呼び寄せたそうだ。
後には、「外川千軒大繁盛」とも言われ、大いに栄えたとの事。

当時の江戸幕府も、銚子港の開発を始めていたが、銚子港よりも外川港が栄えており、
紀州の最新築港技術を駆使した長さ約80mの三つの堤防があった。
この堤防は非常に堅牢で、大正時代までの約260年もの間、使われたそうだ。
なお、崎山次郎右衛門は、郷里の地頭を務めていた有力者であり、
祖先は飛騨守を務めた程の家柄だが、豊臣秀吉の紀州平定軍に敗れ、漁民になった人物である。

駅から少し南に歩くと、郵便局の向かいに、外川ミニ郷土資料館【赤色マーカー】がある。
情報収集をしようと、声をかけてみるが・・・あいにく、不在の様だ。
活魚問屋の一角に開設した資料館は、外川や銚子電鉄の今昔の写真、貝や化石、昔の漁具、
民具等の展示や郷土歴史の講演を開催している。
外川ミニ郷土資料館公式HP

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(外川ミニ郷土資料館。)

海を望む急斜面を碁盤目状に区画してあるのが、この外川の町の特徴になっている。
最上段の東西に伸びる道路には、食料品店や魚屋等の地元商店が幾つか並んでおり、
ピラミッド形に「フ」が10個の軒下屋号のある土蔵風建物は、榊原豆腐店【青色マーカー】である。
店らしくない外観だが、この建物の一角で、豆腐の販売をしている。

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(急斜面の最上段にある、東西に伸びる道路。※冬再訪時の撮影。)
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(榊原豆腐店。「10(トウ)」+「フ」屋。※冬再訪時の撮影。)

猫が大変多く、道端にのんびりと座っていたりしている。
おこぼれの魚に、沢山ありつけるのだろう。猫にとっては天国かもしれない。

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(外川の猫。※冬再訪時の撮影。)

この道路から、八本の急坂が海岸に向かって真っ直ぐ下り、名前が付けられている。
潮風で住宅が傷みやすく、殆どの民家は建て替えられているが、旧家も僅かに残っている様だ。

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(坂下の観光案内板。※クリックすると、拡大。1024*768、243kbyte。)

西から二番目の本浦通り(もとうら-)【カメラマーカー】は、石畳風だ。
屋根の上に上がった水平線が見える、この坂を下ってみよう。
昔は、道の中央に水路があったそうで、今でも、側溝の水の流れる音が響く。
なお、西側の坂ほど傾斜がきつくなっており、高低差は25mもある。

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(本浦通り。)

なお、崎山次郎右衛門が第一期工事で作った港を本浦と言い、
この坂を下ると、そこに行き着いた事から命名されている。
また、第二期工事の港は新浦と呼ばれ、本浦の東隣にあり、
当時の港は、先がすぼんだ「山」の字を三本の堤防で造り、東西に分かれていた。

車がすれ違い出来ない程に狭いが、海岸線に平行の道路はより狭く、
車が通れない所や未舗装も多くなっている。
漁師町らしく、目指しを作っていたりするのも、長閑な風景だ。

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(海岸線と平行する道路と目指し作り。※全て、冬再訪時の撮影。)

住宅の土台部分は、改修された場所が多いが、昔の石垣も残っている。
左は野積みで、右は城でも良く見られる積層積みである。
表面がざらついている、銚子石と言われる砂岩を使っているそうだ。

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(石垣。※冬再訪時の撮影。)

本浦通りを、更に下って行くと・・・旧家の青柳商店【黄色マーカー】が残っている。
重厚な雰囲気の黒瓦は、笠上黒生駅(かさがみくろはえ-)近くで産出していた、
あの黒生瓦(くろはえかわら)だ。
店頭の米の看板等から、食料品店と思われるが、今は、煙草だけを売っている様である。

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(青柳商店。)

坂を下り切り、もう一本海側の道に出ると、外川漁港【魚マーカー】に到着する。
本来は、坂の直下が海辺だったのだろう。この先は、近年の埋め立て部分と思われる。
漁協の建物が港の中央にあり、一階部分に小さな魚市場がある。
漁師達が漁具の手入れを行っているので、挨拶をして、少し見学してみよう。

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(外川港。)

ギギギ・・・と、船が軋む音と、ディーゼルエンジンの排気の匂いが漂っている。
銚子港と違い、沿岸漁業らしい小型漁船が多く、大きな船は停まっていない。
殆どの船が、外川在住の個人船主のものだろう。
なお、船の大型化の為、大正時代に再築された近代的な港になっており、
残念ながら、崎山次郎右衛門が造った港の痕跡は無くなっている。
中央に埠頭、東側は停泊地、西側は製氷工場、給油設備と小型船舶用のスロープがある。



外川港の漁業協同組合【緑マーカー】から、東の方に歩いて行こう。
港近くの民家の一角には、番屋風の古い小屋が残っている。
昔は、こんな感じの縦木張りの家屋が、沢山並んでいたのだろう。

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(番屋らしい古い建物。)

港東側の船の停泊地【錨マーカー】には、沢山の小型漁船や釣り船が並んでいる。
釣り船を経営する家は、町内に30軒程あるそうで、大きな平目やメバル等が釣れるそうだ。

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(外川港停泊地。)

停泊地のある港の東端に行くと・・・
江戸時代に、広く流行したと言われる、大杉神社【神社マーカー】がある。
本宮が利根川近くの神社にあり、海河の神様でもあるので、その由縁と考えられる。
この社は、猿田彦命(さるたひこのみこと)が祭神らしいが、詳しい創建時期は判っていないとの事。
とても小さな本殿だが、立派な宮屋根や龍の彫刻が丁寧に彫られている。

この一角は、日和山(ひよりやま)と言われており、
海抜12m程度ある高台になっていて、木々が生い茂っている。
稲荷神社やかつての本殿と思われる石祠も合祀しており、一角には、児童公園も併設されている。

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(日和山・大杉神社。道路から急な石段を登る。)
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(本殿。小さな木造建築で、灯籠が並列で並ぶのが面白い。狛犬は鳥居の横にある。)

本殿右手の稲荷神社には、御神体が三柱鎮座している。
本宮の京都伏見稲荷大社では、中央に宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ/元は農業の神)を
主神とし、左に佐田彦大神(さたひこのおおかみ/猿田彦神とも)、
右に大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)の三神を鎮座するので、それに倣っていると思われる。

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(稲荷神社。)

かつての大杉神社本殿と思われる石祠は、砂岩で出来ているらしく、かなり脆くなっている。
なお、大杉神社は、利根川流域の霞ヶ浦南岸の稲敷市にある大社で、
利根川流域の地元信仰が盛んな事から、末社が沢山あるそうだ。
総本宮・大杉神社公式HP(茨城県稲敷市)

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(古い祠。)

また、境内の一角にある児童公園の角に、崎山次郎衛門の顕彰碑が建立されている。
その台座の石は、崎山次郎右衛門が造った堤防に使われた石だそうだ。

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(崎山次郎衛門顕彰碑。※冬の再訪時に撮影。)

この外川港は、漁港として有名であるが、かつては、砂鉄が取れる海浜鉱山でもあった。
犬若鉱山と言われ、明治6年(1873年)から昭和30年頃まで、採取されたそうだ。
当時の明治政府の富国強兵政策により、国産の砂鉄を利用した製鉄も盛んに開発されており、
千葉の九十九里浜周辺の砂浜は、砂鉄の大産地だった。
残念ながら、砂鉄の採取も廃れ、外川港内の砂浜は消滅している。



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【参考資料】
現地観光案内板
銚子ジオパークパンフレット(銚子ジオパーク推進協議会発行)

2016年5月25日再編集(文体変更・画像整理)
2016年12月21日再編集(文章追加・校正)


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category: 銚子電気鉄道 全15話

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