hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【249】潮騒と浪漫の小さな鉄道・・・銚子電気鉄道(4)観音駅下車観光 観音さま詣へ。  




観音駅前の街道を、左の海の方に向かって歩いて行くと・・・
大きな馬場町交差点【車マーカー】に出る。

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(馬場町交差点。)

交差点の向こうの大きな黄色看板や飲食店が、集まっている方を見ると・・・
「観音さま」と親しまれている、飯沼観音こと、飯沼山圓福寺【万字マーカー】がある。
馬場町交差点を少し過ぎると、道路に面して、参道の正門である仁王門が建っている。
なお、銚子は漁業の町であるが、元々は、この飯沼観音の門前町として発展しており、
この付近が古来からの銚子の中心地である。

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(飯沼山圓福寺と黄色い大看板。)
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(仁王門。)

仁王像が左右に睨む門を潜ると・・・参道は然程長くはなく、大きなお堂が見える。
飯沼観音堂は本堂として、一段高い場所に建立され、十一面観世音菩薩が安置されている。
朱色が映え、境内や周りの庭園も良く整備されていて、その立派さに驚く。

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(飯沼観音堂。)

寺の縁起は、奈良時代初期の神亀5年(728年)、夢告を受けた二人の漁師によって、
利根川の河口から十一面観世音菩薩が引き上げられ、祀られたのが始まりとされている。
後の9世紀の頃に、弘法大師(空海)がこの地に立ち寄った際、開眼供養をし、
この地の豪族であった海上氏(うなかみし)の援助と庇護により、大きな伽藍が建立された。
鎌倉時代以降になると、関東の坂東観音霊場第二十七霊場として、多くの参拝者が訪れる様になり、
安土桃山時代の天正6年(1578年)に観音堂が建立されると、これがきっかけになって、
銚子の町は大きく発展していった。

大階段の手前には、銚子の町の人達に親しまれている、小さな大仏様も鎮座している。
江戸時代中期の正徳元年(1711年)作の青銅製の阿弥陀如来坐像で、
太平洋戦争中の米軍機の機銃掃射の跡が、台座等に残っているそうだ。

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(観音堂と大仏様。)

また、終戦間際の昭和20年(1945年)7月19日に、銚子大空襲があった。
飯沼観音も一部を除いて、焼失してしまったが、檀家や信者の尽力により、戦後に再建している。
この観音堂や仁王門は、昭和46年(1971年)に再建されたもので、以前のものよりも大きいそうだ。
毎月18日は縁日として、大護摩供養や五重塔の開扉拝観がされ、賑わいを見せている。

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(観音堂前からの境内の様子。)

観音堂の横には、千葉県内で二番目の高さを誇る、五重塔が聳え立っている。
かつてあった、薬師堂と多宝塔の再建を兼ねており、高さは33.5m、伝統的な総檜造りで、
薬師如来が安置されているそうだ。

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(五重塔。檀家や信徒の浄財により、平成20年に竣工した。)

境内には、銚港神社【鳥居マーカー】や末社も、幾つか鎮座している。
この銚港神社は、銚子発祥の祖神として、歴代領主の祈願社として祀られてきたそうだ。
創基は、奈良時代初期の養老年間(西暦717年から724年)と言われており、
水神である闇淤加美神(くらおかみのかみ)が主祭神となっている。
なお、「闇」は谷間(海)を差し、「淤加美」は龍の古語で、水や雨を司ると考えられていた。
地元では、「龍蔵権現」と言われているそうだ。

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(銚港神社。)

観音堂の南200mの場所には、大師堂【赤色マーカー】がある。
昔は、同じ境内にあったそうだが、今は、道路と住宅地で分断されている。
辛うじて戦火を逃れており、江戸時代末期の弘化4年(1847年)築の木造建築で、
御朱印や納経の受付をしているそうだ。なお、現在の宗派は、真言宗になる。

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(圓福寺大師堂。)

観音堂前の境内には、昔ながらの縁日屋も・・・
店内を覗くと、駄菓子や玩具が一杯並んでおり、子供達が楽しそうに選んでいる(※1)。

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(昔ながらの縁日屋。)



時刻は、正午前である。
たい焼き二個では、流石に足りず、蕎麦でも食べようかと、辺りを見渡すと・・・
駐車場横に焼きそば屋【食事マーカー】を発見。面白そうなので、ここにしよう。

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(観音名物焼きそば遠藤。)

年配女将の「いらっしゃい」の声に迎えられ、店内中央のテーブルに座る。
テーブルが2-3つ、小上がりの座敷も有る、昔ながらの昭和な店だ。
メニューを見ると・・・ところてん、焼きそば(普通と大)、おでん、焼きうどんがあり、
好物の焼きそば(大・400円)を注文する。

店先の鉄板で、ジュージューと焼いている。待つこと数分・・・出来上がった様である。
野菜の酸味が強い辛口ソースは、辛さが後に残らず、さっぱりとしている。
麺は茹でてあるそうで、ソフトなストレート中太丸麺を使った、懐かしい昭和風の焼きそばだ。

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(遠藤の焼きそば大、税込400円。※撮影と掲載承諾済み。)

話を聞くと、店は三代も続いているそうで、戦前は、ヨシズを立てかけて営業していたとの事。
飯沼観音の周りには、参拝者向けのうどんや焼きそばの店が数軒あったそうだが、
今は、この店だけになったそうで、日中は観光客の軽食処、
夜は地元常連客の酒場になっているそうだ。

【観音名物焼きそば・遠藤】
飯沼観音駐車場内(仁王門の近く)。営業時間・11時頃から20時半頃まで。定休日・不定休。
夜は、地元常連客の酒場になる為、観光客の方は日中にどうぞとの事。



お腹も満たされ、「美味しかったです。また来ますね。」と、お礼を言い、出発しよう。
飯沼観音からもう少し行くと、路地を曲がった先に銚子漁港第一卸売市場【錨マーカー】があり、
大型魚のマグロ等が主に水揚げされている。
しかし、東日本大震災により、柱と天井が崩壊してしまい、市場は一時移転をしている(※2)。
周辺は、観光客向けの魚河岸食堂や干物屋も並んでいて、賑やかだ。

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(銚子漁港第一卸売市場。)

銚子には、魚種によって水揚げが分けられた、三ヶ所の大きな魚市場がある。
この第一卸売市場は最も大きく、昭和7年(1932年)に開設された。
黒潮と親潮がぶつかり合う銚子沖は、多種多様な魚が集まる大漁場で、
全国から沖合漁業の船が集まるとの事。
なお、銚子港全体の水揚量は、27万t(2014年度)を超え、日本一になっている。

暫く、銚子魚港からの眺めを堪能しよう・・・
銚子第一漁港は、海に直接面していない珍しい漁港で、向こう側は、利根川の大河口になる。
風力発電の風車が、ゆっくりと廻っている。

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(銚子第一魚港。)



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(※1)取材後の火災の為、廃業した模様(再取材時に現地確認)。
(※2)2015年4月より、建物を建て直し、営業を再開。

2016年12月17日再編集

【参考資料】
現地観光案内板
飯沼山圓福寺パンフレット(圓福寺発行)

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category: 銚子電気鉄道 全15話

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