hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【228】あかがねの鉄路を追って・・・わたらせ渓谷鐡道(36・2日目初回)車窓風景編 大間々駅から桐生駅、そして、原向駅へ。  


わたらせ渓谷鐡道の旅の一日目の夜は、
大間々駅南の町ホテル「ピートンホテル」に宿泊、翌朝の5時に起床する。
勿論、二日目の今日も、始発列車から乗車だ。急いで身支度をしよう。

チェックアウトは、部屋の鍵をフロントに置たままで良いとの事なので、
そのまま置いて、大間々駅(おおまま-)に向かう。

4月に入っているが、朝はまだまだ肌寒く、吐く息が白くなる。
徒歩5分で駅に到着。駅前のローソンで、朝食や飲料を手配する。
やはり、起点である桐生駅に一度行き、改めて旅を始める事にしよう。

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【乗車経路】◎→列車交換可能駅、★→登録文化財駅
大間々◎★0608===相老◎===0621桐生
上り750D列車(わ89-101「こうしん号」単行)
(折り返し乗車)
桐生0639===大間々◎★===水沼◎===0742神戸◎★
下り711D列車(わ89-101「こうしん号」単行)
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わたらせ渓谷鐡道の旅の一日目は、起点の桐生駅から神戸駅(ごうど-)までだった。
今日は、神戸駅から終点の間藤駅(まとう-)までの乗車と、沿線観光の予定である。
大間々駅下り1番線ホームに、始業前点検を終えた列車が、既に入線している。
「おはようございます。」と、運転士と挨拶を交わし、早速乗り込もう。
今日の始発列車の気動車は、最古参である、わ89-101「こうしん号」で、朝一番から幸先が良い。


(わ89形101「こうしん号」。今では、貴重なレールバスである。)

鉄道旅行派にとっては、幻滅するオールロングシートであるが、余りある魅力のある車両だ。
たまには、ロングシートに横座りをして、車窓を眺めるのも、良いだろう。
かつては、向かい合わせのクロスシートよりも、高級なシートだった時代もあり、
戦前の鉄道省一等展望車にも、ロングシートを装備していた。

十分に暖機運転された車内は暖かく、ほっと安心する。
エンジンの排熱を利用した、温水暖房方式なので、しっとりとした心地良い暖かさがある。
これは、蒸気機関車時代のスチーム暖房感にも通じ、忘れかけている鉄道旅情を感じる所だ。


(わ89形101の車内。)

定刻の6時8分。三十代の若い運転士と年配の運転士が乗り込み、発車となる。
ふたり乗務は珍しいが、どうやら、平日朝の通学ラッシュ対応の為の様だ。
長いロングシートの進行方向後部に陣取る。

乗客は自分ひとりだけ、朝日が車内に降り注ぐ中、桐生駅に向かって走る。
天気は快晴で、日中の気温が平年よりも低い予報だが、良い旅日和になりそうである。
東武線と接続する相老駅(あいおい-)を過ぎ、下新田駅からのJRとの共用区間を時速60kmで快走し、
渡良瀬川のトラス鉄橋を渡ると、6時21分に桐生駅に到着する。
折り返し仕業の為、一旦、下車する様に案内される。


(国鉄色の国鉄115系電車と並ぶのも、第三セクター転換当時を思い起こさせる。)

折り返し乗車である事を告げ、昨日購入した1日フリーきっぷを見せると、
大間々駅出札口が開いていない時間なので、驚いている。
「始発から乗車するので、昨日、駅で発行して貰った。」と言うと、了解となった。



約10分後、テールランプの切り替え等の折り返し仕業を終え、乗降扉が開く。
JR両毛線の小山行き106系4両編成、高崎行き115系6両編成と接続後、6時39分に発車する。
4人の乗客が乗り、自分を含めて、5人になった。
更に、相老駅から、女子中学生ふたりが乗車して、7人になる。

再び、大間々駅に到着すると、駅員も出勤しており、
少しだけ慌ただしい、朝のローカル線の雰囲気がしている。
発車を急く事はなく、のんびりと10分間停車するとの事。

この駅で降りる乗客はおらず、ふたりが乗車して来て、乗客は9人となり、
わ89形302の上り桐生行きの二番列車と交換後、大間々駅を定刻発車となる。
列車は、渡良瀬川の険しい地形にそって、アップダウンの激しい線路を北上する。
昨日は、車窓からの撮影に勤しんだが、今日は、何も考えずにボーと眺めよう。
渡良瀬川の流れを眺めながら、朝食も摂っておく。



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【停車駅】◎→列車交換可能駅、★→登録文化財駅、】【→トンネル、〓→主な鉄橋
神戸◎★0742===】【=〓=】【==沢入◎★==】【==0804原向
下り711D列車(わ89-101「こうしん号」単行)
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本宿駅でふたり、水沼駅で4人が下車し、車内は3人になっている。
水沼駅で列車交換となり、上り桐生行きの2両編成は、高校生達で都市部のラッシュ並みの混雑だ。
この下り間藤行きには、高校生は乘って来ないが、
花輪駅から、東中学校(あづま-)の子供達20人程が乗車し、賑やかになる。

桐生駅を発車してから、約1時間。途中主要駅の神戸駅(ごうど-)に到着する。
東中学校の子供達は全員下車し、乗客3人だけの静かな朝のローカル線に戻る。
上り列車との列車交換は無く、子供達を降ろした後に発車となり、
いよいよ、わたらせ渓谷鐡道の旅二日目の始まりだ。


(神戸駅を発車する。※同列車の最後尾から、後方の桐生方を撮影。)

神戸駅を発車し、コンクリートの陸橋を潜ると、緩やかな登り勾配のロングストレートを走る。
昨日歩いた、旧線遊歩道までの花桃並木が並ぶ道路沿いで、綺麗な花桃が後ろへと流れて行く。

IMGP3255.jpg
(線路際の花桃並木。※同列車の最後尾から、後方の桐生方を撮影。)

緩く左カーブをすると、わたらせ渓谷鐡道最長のトンネル・草木トンネルに入る。
このトンネルは、草木ダム建設の為に線路が付け替えになった為、新線と共に造られた。
昭和48年(1978年)6月に供用開始となり、長さは5,242m、通過所要時間約10分かかり、
トンネル出入口の高低差は、草木ダムの高さに匹敵する140mもある。

このトンネルは、明らかに近代的な造りであり、他の足尾鐡道開業当時のトンネルとは違い、
掘削面は逆U字型で道床も広く、トンネル内に照明がある。

IMGP3256_20121115165204.jpg
(草木トンネルに入る。※同列車の最後尾から、後方の桐生方を撮影。)

観光列車である、「トロッコわたらせ渓谷号」や「トロッコわっしー号」では、
トンネル通過時に車内照明を点けず、天井のイルミネーションを点灯するサービスもしている。

なお、旧線は、神戸駅から渡良瀬川を渡り、左岸を走っていた。
現在の富弘美術館対岸の草木橋付近に草木駅があったが、
ダム湖による水没の為、新線と草木トンネルの供用開始時に廃駅になっている。
また、5kmを超える長大トンネルの為、国鉄C12形蒸気機関車での運行が困難となり、
国鉄足尾線の動力近代化(蒸気機関車廃止)のきっかけになっている。

草木トンネルを出ると、直ぐに、第一渡良瀬川橋梁(新線)を渡る。
草木湖の最北部にあり、公式観光ポスターや鉄道撮影スポットにもなっている、
全長196mのワーレントラス橋で、トロッコ列車は一時停車もしてくれる。
なお、この鉄橋の直ぐ下流には、沢入発電所(そうり-/最大発電量11,000kW)があり、
車窓から草木湖が見えるのは、ここだけになる。
マピオン電子地図(みどり市東町沢入・第一渡良瀬川橋梁・1/21,000)


(草木トンネル間藤方と第一渡良瀬川橋梁。※同列車の最後尾から、後方の桐生方を撮影。)

(第一渡良瀬川橋梁からの草木湖。※同列車の最後尾から、後方の桐生方を撮影。)

列車は鉄橋を渡り切ると、また直ぐに、短い沢入(そうり)トンネルに入る。
大きな左カーブをしながら、トンネルを抜け、黒坂石川の小鉄橋を渡ると、
沢入駅(そうり-)に到着する。

沢入駅は列車交換設備があり、紫陽花が沢山咲く駅としても、知られている。
古い駅舎は残っていないが、開業当時のホームや待合室が残っているので、帰りに寄ってみよう。
なお、神戸駅は、大正元年(1912年)9月の開業になるが、
沢入駅から終点の間藤駅までの各駅は、同年12月の開業になる。


(沢入駅を発車する。※同列車の最後尾から、後方の桐生方を撮影)

ここでも、乗降や列車交換は無く、沢入駅を定刻に発車する。
沢入駅から原向駅(はらむかい-)までの区間は、本宿駅(もとじゅく-)から水沼駅間の
古路瀬渓谷(こじせ-)と並び競う、渡良瀬川の景勝地になっている。

沢入からの渡良瀬川は、河原に大岩が多くなり、典型的な渓谷風景になる。
白色は花崗岩の色だそうで、まるで、岩が流れている様にゴロゴロと埋め尽くしている。

IMGP3270.jpg
(渡良瀬川の白い岩。この沢入付近が、渓谷の出入口になっている。)

この先も、20パーミル前後の登り急勾配が続き、落石防護を兼ねた名越トンネル(なごし-)を潜ると、
通称「坂東カーブ(ばんどう-)」に差し掛かる。
マピオン電子地図(わたらせ渓谷鐡道坂東カーブ・1/21,000)

IMGP4085.jpg
(トンネル長32mの名越トンネルを望む。沢入側は落石覆いがある為、ポータルは見えない。
   国登録有形文化財になっている。※上り桐生行き列車の最後尾から、間藤方を撮影。)

◆国登録有形文化財リスト◆
「わたらせ渓谷鐡道名越トンネル(なごし-)」
所在地群馬県みどり市東町沢入
登録日平成21年(2009年)11月2日
年代大正元年(1912年)
構造形式煉瓦造及び石造、延長32m。
特記緩やかに湾曲する延長32m、単線仕様のトンネル。
側壁を石積、アーチ部を煉瓦積で築き、
坑門はアーチ部を含めて全体を石積で築く。
断面は、当時の官鉄による標準設計よりも円形に近い馬蹄形とする。
(文化庁文化遺産データベースを参照・編集。)

坂東カーブ手前に来ると、汽笛を一声鳴らし、もの凄いフランジ音を立てながら、
ゆっくりと曲がって行く。左の車窓を見ると、川と共に直角に曲がる位の急カーブである。

この坂東カーブの名は、この付近の河原にある、坂東太郎伝説の岩が由来になっている。
本線でありながら、半径154mの急カーブと23.5パーミルの急勾配があり、
坂を下る桐生行きの列車は、時速30km程度しか、出せないそうだ。
勿論、わたらせ渓谷鐡道内の最急カーブであり、国鉄時代でも、全国最急と言われていた。

IMGP4083_20121115173511.jpg
(坂東カーブ。※同日午後、上り桐生行き列車の最後尾から、間藤方を撮影。)

また、ここは、渡良瀬川の上流方向を真っ直ぐ眺められる、絶景ポイントになっている。
日中の普通列車では、観光案内放送と徐行運転をしてくれる、運転士もいる。

IMGP3277.jpg
(坂東カーブ付近から、渡良瀬川上流を望む。※同列車の側窓から、撮影。)

そのまま、坂東カーブから、落石検出装置と落石警報用信号機のある、切り通し部に入る。
この坂東カーブを無事に通過すると、崖上の道床(※)もやや広くなり、
V字谷の角度も開いて、周囲も明るくなって来る。
上り急勾配は続いているが、険しい地形の割りには、カーブは大分緩やかだ。


(坂東カーブを抜け、渓谷が広くなる。※同列車の最後尾から、後方の桐生方を撮影。)

暫く、長い登り勾配を走って行くと、吉ノ沢架樋(よしのざわかけひ)の下を通過する。
大間々と上神梅(かみかんばい)間にある手振山架樋(てぶりやまかけひ)と同じく、
山からの雨水や土砂が線路に流れこむのを防ぐ、線路防護設備である。
これも、国の有形登録文化財になっている。


(吉ノ沢架樋。※同日午後、上り桐生行き列車最後尾から、足尾方を撮影。)

線路の東側は、「沢入御影(そうりみかげ)」と言う、花崗岩の絶壁になっており、
風化した花崗岩を雨水と共に、渡良瀬川に流し落としている。
昭和10年(1935年)竣工、長さは14m、支柱に古レールを使っている。

◆国登録有形文化財リスト◆
「わたらせ渓谷鐡道吉ノ沢架樋(よしのざわかけひ)」
所在地群馬県みどり市東町沢入
登録日平成21年(2009年)11月2日
年代昭和10年(1935年)
構造形式鉄筋コンクリート造、延長14m、支柱付。
特記雨水や土砂が軌道敷に流入するのを防ぐ為、軌道敷を跨いで、架けられる。
古レールを用いた支柱と桁を一体化した鋼製構造物に、
延長14m、幅2.7mの鉄筋コンクリート造の樋を載せる特徴的な形状の工作物。
(文化庁文化遺産データベースを参照・編集。)

そして、群馬県と栃木県の県境を貫く、笠松トンネルに入る。
足尾鐡道開業当時のトンネルであり、草木トンネルが出来るまでは、同線の最長であった。
トンネルポータルは煉瓦積み、内部は切石積みで、長さ362mになる。
マピオン電子地図(わたらせ渓谷鐡道笠松トンネル・1/21,000)

IMGP3290.jpg
(笠松トンネル間藤側ポータルを出る。※同列車の最後尾から、後方の桐生方を撮影。)

笠松トンネルの間藤方ポータル横を見ると、岩を逆コの字にくり抜いた跡がある。
実は、足尾鐡道開通以前の明治25年(1892年)、銅山のある足尾から沢入まで、
銅輸送を行う軽便馬車鉄道が、先行開通していたのである。
この跡は、「片マンプ」と言われるもので、ここは相当の難所だった為、
岩壁を逆コの字にくり抜き、片桟橋上にレールを敷いていたそうだ。
幅は2m程度と、大変狭くなっている。

なお、「マンプ」は鉱山用語で、坑道の事を「間符(まぷ)」と言ったのが、由来である。
それが転じて、鉱山周辺にある普通のトンネルも、「マンプ」と言う事があり、
ここは開削された片側トンネル状なので、「片マンプ」と言う様だ。
足尾銅山と繋がった文化を、強く感じる所である。

◆国登録有形文化財リスト◆
「わたらせ渓谷鐡道笠松トンネル(かさまつ-)」
所在地栃木県日光市足尾町字片向・群馬県みどり市東町沢入字峠向
登録日平成21年(2009年)11月2日
年代大正元年(1912年)
構造形式煉瓦造及び石造、延長362m。
特記緩やかに湾曲する延長362m、単線仕様のトンネル。
断面は単心円アーチを用いた馬蹄形とする。
側壁を石積、アーチ部を4枚厚の煉瓦積等で築き、
内部には6ヵ所の退避所を設ける。
間藤方ポータル横に、軽便馬車鉄道の軌道跡が見られる。
(文化庁文化遺産データベースを参照・編集。)

そして、河原の白い大岩も徐々に少なくなり、対岸の国道と人家が見えてくると、
原向駅(はらむこう-)に到着する。
 


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(※道床/どうしょう)線路を敷いてある路面のこと。

坂東カーブは、近隣に接続している道路がありません。よって、車窓からの見学撮影のみになります。
線路上の通行は、危険な上、鉄道営業法によって罰せられる場合があります。
鉄道会社の安全運行にも、差し支えますので、おやめ下さい。
なお、坂東カーブの見学ツアーが、時々開催されています。

2015年12月5日再編集
2016年12月11日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)

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category: わたらせ渓谷鐵道2日目 15話

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