hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【212】あかがねの鉄路を追って・・・わたらせ渓谷鐡道(20)上神梅駅下車観光[その3]穴原薬師堂と貴船神社。  


国道122号線を南下して、上神梅駅(かみかんばい-)に戻ろう。
わたらせ渓谷鐡道と共に、川沿いを縫う様に走る上下2車線のローカル国道であるが、
足尾・日光・中禅寺湖方面への観光国道でもあるので、ローカル国道としては交通量が多く、
ひっきりなしに車やバイクが走っている。
マピオン電子地図(国道122号線ルート・1/30万)

実は、旧名・黒谷こと渡良瀬川を桐生から遡るこのルートは、
関東から日光へ行く最短コースとなっている。
鉄道会社の観光キャンペーン等の為か、宇都宮経由の方がメインになっているが、
日光への常連観光客や登山愛好家は、良く使うルートだそうだ。
シーズン中の週末午後は、日光方面からバスで接続した、わたらせ渓谷鐡道の桐生行き上り列車が、
都心部の通勤電車並の混雑になる事もある。





角地蔵尊から、徒歩10分弱で駅に到着。そのまま、駅南の踏切を渡って、右折する。
対岸に有名な古刹があるそうなので、行ってみよう。
住宅と土手の間の緩やかな坂を降って行くと、渡良瀬川に架かる、
貴船橋(きぶねばし)【水マーカー】が見えてくる。

橋上から上流方を眺めると、清流が心地よい水音を奏でながら流れ、とても心地良い気分だ。
川面からの高さも、結構ある。

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(貴船橋から、渡良瀬川の上流を望む。)

橋東詰先のT字路を右折して、長閑な田園の道を歩いて行く。
渡良瀬川に近いので、田圃や畑が広がっている、農村地帯になっている。

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(振り返って、上神梅駅方向を望む。)

緩いカーブの平坦な道を350m程歩くと、左手の森の中に、立派な楼門が見えてくる。
穴原薬師堂【万字マーカー】である。眼病に良く効くと言われている、薬師様だそうだ。

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(穴原薬師堂。)

この穴原薬師堂の楼門は、現存する大間々町唯一の楼閣建築物であり、
昭和60年(1985年)には、本堂と共に、みどり市の指定重要文化財になっている。
やや小振りであるが、往年の姿を留めており、保存状態も良い。

左右に一対の阿吽像(あうんぞう)が安置され、二階に十六羅漢(※)が安置されているそうだ。
残念ながら、二階は非公開になっている。
なお、口が開いているのが阿形(あぎょう)、結んでいるのが吽形(うんぎょう)で、
保護の為、正面にガラス窓、側面に金網が入っている。

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(楼門。間口6.41m、奥行き3.97mの入り母屋造り平入り建築である。)

楼門を潜ると、直ぐに石段と本堂があり、境内は大変狭い。
石段右横には、沢山の石仏や庚申塔があり、独特な雰囲気を醸し出している。

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(穴原薬師堂本堂。)

(本堂下の庚申塔群。)

本堂はコンパクトな造りで、御本尊として薬師如来が安置され、
左右に日光菩薩・月光菩薩、仏を守護する十二神将(眷属/けんぞく)が後ろに配されており、
この規模の御堂としては、数が多いと思う。


(本堂前。)

本堂横にも、立派な庚申塔と石仏があり、目に止まる。
この石仏は、馬鳴菩薩像(めみょう-)と言い、江戸時代中期の寛政4年(1792年)建立らしい。
仏名から、馬の仏ではないかと連想するが、貧民に衣服を与える養蚕と機織りの仏だそうだ。
江戸時代の桐生周辺は、「西の西陣、東の桐生」と言われる程に絹織物産業が盛んで、
繭を供給する養蚕業も盛んだった名残であろう。


(本堂横の庚申塔と馬鳴菩薩像。)

この穴原薬師堂のはっきりとした由来は不明であるが、明治時代に行った調査では、
平安時代初期・大同年間(806〜809年)頃作の如来像があったそうだ。
寺伝によると、弘法大師空海(※)が開基したと、伝えられている。
本堂や楼門は再建で、本堂の棟札から、江戸時代中期の享保15年(1730年)に建てられたらしい。
また、昭和60年(1985年)、阿吽像の解体修理中に頭部から古文書が発見され、
それによると、阿吽像は江戸時代中期の寛政4年(1792年)作となっていて、
楼門は同時期に建てられたと考えられている。



参拝をして、穴原薬師堂を後にしよう。
貴船橋の東詰まで戻り、橋から左折している長い坂道を登る。
坂上の変形T字交差点から、北に暫く歩いて行くと、貴船神社【鳥居マーカー】がある。


(貴船神社鳥居。)

京都の貴船神社の分社であり、関東平野を干ばつから守る、水の神社になっている。
平安時代、東国(現・関東エリア)が酷い干ばつに見舞われた際に、
山城国(現・京都府)貴船神社の御祭神・高おかみ大神(※)を分奉し、
祀った所、雨がもたらされたと伝えられている。
その御利益から、渡良瀬川流域の山中に祀られ、江戸時代初期の寛文8年(1668年)に、
渡良瀬川が山間部から関東平野に出る現在地に、社を移転したそうだ。
今は、地元一番の地鎮として、心願成就、商売繁盛、厄除けや交通安全の神社として有名で、
自動車の安全祈願(お祓い)が特に盛んだそうだ。
また、多くの初詣参拝者が訪れる為、上神梅駅止まりの臨時列車も、毎年運行されている。
群馬貴船神社公式HP

なお、貴船は水を司る神社で、古くは、「気生根」と記されていた。
水は生命の気の生じる根元である事から、気が蘇ると元気が出て運が開け、
衣食住の生活充実や願い事が授受すると言う考えが、基本になっている。

参道の石段を登ろう。幾つかの踊り場のある、長い石段になっている。
途中には、末社の祠もある。


(参道を見下ろす。)

石段最上段正面の社殿に到着すると、少し広い平坦地になっている。
現在の社殿は、昭和46年(1971年)に建て直されたもので、現代風である。
なお、主祭神である高おかみの大神の他に、
山の精霊を治め、五穀豊穣をもたらす神・大山祇大神(おおやまづみのおおかみ)と、
護国と人々の病や不幸を救う神・大穴牟遅大神(おおなむちのおおかみ)も祀られている。


(社殿。白壁と朱柱が映える。周囲には、銀杏や楓の大木が、枝を張っている。)

(境内案内図。)

御祭神の高おかみ大神は、水の神様であり、その御姿は龍神と言われている。
境内奥の洞窟の湧水を引いた本殿前の手水舎は、龍神が彫刻された蛇口になっており、
御利益があるとの事から、参拝者がお水取りもするそうだ。


(龍神の手水舎。)

境内の一角には、心願成就、方位除けや交通安全の絵馬が、沢山掛けられている。
いちローカルの神社としては、大変多く、地元信仰の厚さを感じる所だ。
交通安全は一般的な絵馬であるが、方位除け等は短冊状の割符になっている。




参拝者が多い神社なので、平日も社務所が開いており、宮司や神社の人達が務めている。
山中の静かな境内だが、ほぼ途切れる事が無く自動車が入って来て、
ドライバーと共に交通安全のお祓いを受けているのが印象的だ。

なお、水の神様が、何故、交通安全の御利益があるかと言うと・・・
昔、渡良瀬川流域は地形が険しい為に道路網が貧弱で、川運が主な交通手段だった。
水の神様である貴船神社は、水上交通の安全が祈願された事から、
後年、道の神・乗り物の神として、陸上交通の安全も祈願される様になったそうだ。


(社務所とお祓いを待つ自動車。この下には、トンネルが通っている。)

社殿の後ろに行くと・・・木立の陰に、末社の石祠がずらりと並んでいる。
稲荷神社、菅原神社、赤城神社、日枝神社等が祀られており、
幾つも並ぶ赤い小鳥居が鮮烈で、もの凄いオーラを感じる場所だ。


(本殿裏の末社石祠群。)

社殿の西側は、渡良瀬川の断崖になっており、そそり立つ様に鎮座しているのが判る。
川には小さな砂防ダムがあり、大きな水音が聞こえるのも良い感じだ。
また、地元の霊峰の赤城山(あかぎやま/標高1,828m)も見えるが、今日は雲で隠れていた。


(渡良瀬川と砂防ダム。)
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(赤城山を望む。)



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(※十六羅漢)
阿弥陀経が説かれた時に、集まった仏の16大弟子(聖者)。
永らくこの世に在住して、仏の教えを護持している。羅漢を祀る羅漢寺もある。
(※弘法大師空海)
平安時代の僧。真言宗の開祖。「弘法大師」の名は後醍醐天皇から贈られたもの。
(※高おかみ大神)
「おかみ」の漢字は、雨の下に口が3つ並び、一番下に龍。

薬師堂と貴船神社は、追加取材時の訪問になります。
なお、薬師堂はGRD4で撮影している為、若干画質が異なります。ご了承下さい。

【歴史参考資料】
現地観光案内板
みどり市公式HP「歴史・文化財」
群馬貴船神社公式HP

2016年1月14日再編集
2016年12月9日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)

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category: わたらせ渓谷鐵道1日目 29話

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