hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【206】あかがねの鉄路を追って・・・わたらせ渓谷鐡道(14)花輪駅下車観光[前編]  


花輪駅の見学の後は、町並みも見てみよう。
江戸時代から大正時代の足尾鐡道敷設までは、銅街道(あかがね-)の宿場として栄え、
歴史的建造物も少し残っている。

天下分け目の戦い・関ヶ原の戦いから10年後の慶長15年(1610年)、
渡良瀬川上流で足尾銅山が発見され、産出した銅を江戸に運ぶ為、
慶安2年(1649年)に銅街道が整備された。

銅街道の宿場(継場)は、沢入(そうり)、花輪、大間々(おおまま)、大原、桐原の五宿で、
馬に載せてリレーで運び、河岸にある平塚(境町)と亀岡(太田市)から、
利根川の水運で江戸に運ばれていた。
この花輪宿には、銅輸送を管理する銅問屋(-といや※)も置かれていたそうだ。



駅前から南に伸びる小さな県道が、旧街道に接続しているので、行ってみよう。
駅から100m程南に歩くと、道幅が2車線分の歩道の無い道路に出る。
沿道には、商店や民家等が連なっており、元々、国道122号線であるが、
線路反対側の山際にバイパスができた為、今は、静かな町の大通りになっている。


(花輪駅に接続する交差点付近から、足尾方を望む。)

交差点を右折して、南西の桐生方に歩いて行くと・・・
直ぐに、大きな旧家である旧今泉邸【青色マーカー】がある。
立派な門柱と塀、母屋、土蔵が残っており、国登録有形文化財に指定されている。
現在は、町のイベント等で活用されているそうだ。


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母屋は、江戸時代末期に建てられたらしく、木造二階・一部平屋建てになっている。
元は町医院だったそうで、その為か、周辺の旧家とは造りが違う。
土蔵は大正時代のもので、モルタル仕上げである。

実は、日本の初めて製鉄を開始した官営八幡製鉄所の技術長を務め、
後の日本初の民間製鉄メーカー・日本鋼管(現・JFEホールディングス)や
日本エナメル(現・タカラスタンダード/大手住宅機器メーカー)を創立した
今泉嘉一郎氏(かいちろう)の生家になっている。



今泉嘉一郎氏が、ドイツ留学中に学んだ製鉄・製鋼技術は、完全国産化に大きな役割を果たし、
その功績は大きかったと伝えられおり、「日本近代製鉄の父」と言われている。
鉄道もその名の通り、レールや車両に鉄を多用しているので、由縁の深い人物と言える。
なお、昭和16年(1941年)6月に逝去され、地元の名士として、今でも尊敬を集めているそうだ。

◆国登録有形文化財リスト◆
「旧今泉家住宅主屋・蔵・表門・塀」
所在地群馬県みどり市東町花輪96
登録日平成19年(2007年)10月2日
登録番号[主屋]10-0242[蔵]10-0243[表門]10-0244[塀]10-0245
年代[主屋]江戸末期(1830-1867)/平成18年(2006年)改修
[蔵]大正4(1915年)/平成18年(2006年)改修
[表門]江戸末期(1830-1867)/平成18年(2006年)改修
[塀]江戸末期(1830-1867)/平成18年(2006年)改修
構造形式[主屋]木造2階一部平屋建、鉄板葺、建築面積94㎡。
[蔵]土蔵造二階建、瓦葺、建築面積17㎡。
[表門]木造、瓦葺、間口3.8m、潜戸及び袖塀付。
[塀]木造、瓦葺、延長36m。
特記[主屋]市北部の旧東村の中心部に位置する。
桁行6間、梁間4間半規模の、切妻造平入の木造2階一部平屋建で、
背面屋根を葺き降ろす。
真壁造の漆喰仕上げで、腰を下見板張及び簓子下見板張。
南面して建ち、正面に下屋を設け、中央に式台を構える。
軽快な意匠の住宅建築。
[蔵]敷地のほぼ中央、主屋背後に南面して建つ。
桁行2間半、梁間1間半規模の、切妻造妻入とする2階建の土蔵。
正面に入口を設け庇を掛け、側面に鉄格子を付けた窓をあける。
外壁は鉢巻を含め、石積風目地を付けたモルタル塗洗出しで仕上げ、
簡潔かつ重厚である。
[表門]主屋の南側に、通りから3mほど後退して建つ。
間口2.3m、切妻造、桟瓦葺の腕木門で、背面に控柱を建て、
西側に潜戸、東に袖塀を付ける。
比較的大きい屋根には緩やかな起りをつけ、
棟込み瓦を青海波に積むなど、丁寧なつくりである。
[塀]南北に長い矩形の敷地南側に築かれる。
表門両袖から折れ曲がり、旧銅山街道に面する、
桟瓦葺、腰簓子下見板張の南塀と、
その西端から北側に接続する腰竪板張で、横連子窓を開ける西塀からなり、
南塀両端部に鬼板を付ける。表門と一体となり風格ある外観を呈す。
(文化庁公式ページの国指定文化財等データベースを参照・編集。)

更に、西に歩いて行くと・・・高草木家御用銅蔵(-ごようどうくら)【橙色マーカー】がある。
高草木家は、この花輪宿の御用銅問屋であり、銅を一時保管していたこの蔵は、
みどり市指定文化財になっている。


(高草木家御用銅蔵。)

(観光案内板。)

江戸時代末期の天保年間(1830〜1843年)の大火の為、
嘉永3年(1850年)に再建された土蔵で、桁行き3間、梁間2間の大きさがある。
粗壁・板葺き屋根を昭和8年(1933年)に、薄茶色の壁を白壁に改修、
板葺きに載せられた鬼瓦も小さく、敷瓦の厚さも薄い。

なお、高草木家は、旧花輪村の名主でもあった。
母屋は、江戸時代末期・天保11年(1840年)築の奥座敷を持つ立派な邸宅で、
銅を輸送する際に付けられた継ぎ送り札(荷札)や古文書も残っているそうだ。

◆国登録有形文化財リスト◆
「高草木家住宅主屋」
所在地群馬県みどり市東町花輪92-1
登録日平成20年(2008年)3月7日
登録番号10-0255
年代天保11年(1840年)/大正初期増築(1912-1925)
構造形式木造2階建、瓦葺、建築面積210㎡
特記銅山街道花輪宿の銅問屋。
旧街道北側の敷地中央に南面して建つ、木造2階建である。
桁行10間・梁間6間半規模で、切妻造桟瓦葺とする。
東を土間、西を居室とし、南面に式台(来客用玄関)を構える。
2階は蚕室に転用され、換気の越屋根を設ける。名主も勤めた旧家の遺構。
(文化庁公式ページの国指定文化財等データベースを参照・編集。)
※御用銅蔵は、みどり市指定文化財。昭和54年1月28日指定。

この高草木家よりも桐生方は、住宅が疎らになっているので、折り返して、足尾方に歩いてみよう。
丁度、昼であるが、町食堂が周辺に見当たらないので、
途中の農協販売所(購買店舗)【食事マーカー】で、昼食代わりのパンを購入する。
農協周辺が一番の町中心地として、小さな商店街も残っており、数店が今も営業している。

この商店街の中でも、立派な店構えの大黒屋【水色マーカー】は、
宿場町らしい狭い間口と奥に長い敷地、重厚な土蔵があり、
ふたつの高窓や黒の重厚なデザインの母屋が、往年の街道の繁栄を忍ばせている。
食料品や雑貨、煙草を販売している様で、店舗向かいの倉庫の懐かしいブリキ看板も、
大分、錆びている。


(大黒屋)

(良く見られた、大村崑氏の大塚製薬オロナミンCドリンクのブリキ看板。※)

大黒屋の右隣には、花輪駐在所がある。
新しい建物だが、風見鶏も設置された面白いデザインになっている。
駐在所裏の空き地には・・・大きな一本老桜が勢い良く咲いており、
趣きのある枝の形と咲きっぷりに見惚れる。


(花輪駐在所。)

(駐在所裏の老桜。冬の季節風の為か、枝が南西側に流れているのも、風流だ。)

街道に戻り、足尾方に歩いて行くと、
上町と書かれた宿灯籠があり、ここが花輪宿の北端【塔マーカー】らしい。
なお、復元された宿灯籠には、「上宿」と表示されており、江戸の方が「上」でなく、
足尾方が「上」であるのも興味深い。
農協がある付近は「中宿」、御用銅蔵のある付近は「本宿」になっている。
この先の街道は、左にカーブをし、わたらせ渓谷鐡道の線路を越えて行く。

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(上町の宿灯籠。酒屋の足利屋商店の一角にある。)

花輪駅の方に戻ろう。
装飾付き街路灯には、市町村合併前地名の勢多郡東村(せたぐんあずまむら)のプレートが、
そのまま残っている。

勢多郡は、明治時代からの歴史ある郡部名だが、平成18年(2006年)3月に、
新田郡笠懸町(にったぐんかさかけまち)、山田郡大間々町(おおまま-)と合併し、
みどり市になっている。所謂、「平成の大合併」である。





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(※問屋/といや)
宿場役所。本来は運送業の意味で、人馬の手配、荷継ぎや宿場の自治等を行った。
(※大村崑/おおむらこん)
昭和30年頃のテレビ黎明期、大変人気のあった上方のコメディアン。

2016年1月13日再編集
2016年12月8日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)

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category: わたらせ渓谷鐵道1日目 29話

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