hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【187】信州松代、あるローカル線の最後の秋に訪ねて・・・長野電鉄屋代線(33)小布施めぐり[4]小布施町中心部 前半の部  


小布施駅の見学を楽しんだ後は、駅を出発点として、町を散策してみよう。
大きな観光案内板が駅前ロータリー横にあり、それを見ると・・・
主な観光名所は、駅周辺と山際に集まっている様だ。

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(観光案内板。)

この小布施町は、町役場から半径2km以内に殆どの町並みが入る程のコンパクトさで、
長野県下でも、最も小さな町になっている。
地名の由来は、千曲川(ちくまがわ)と、町の南を流れる松川が合流する場所にあり、
このふたつの川の「逢う瀬」が訛って、「小布施」となったそうだ。

夏は35度、冬はマイナス15度にもなる、寒暖差の激しい内陸高原性気候で、
年間降水量が900mm程度と大変少ないのが特徴である。
西・南・北の千曲川・松川・篠井川の三つの川と東の雁田山(かりたさん)に囲まれた、
緩やかな大扇状地の右翼上にある。
国土地理院電子国土web(長野県小布施町付近)

元々は、谷街道(現在の国道403号線)と谷脇街道(※1)が交差する小さな宿場町だった。
江戸時代に入ると、毎月六回の市が立つ様になり、周辺の町々から農産物や物資が集まって、
このエリアの経済中心地になって行った。
更に、千曲川の舟運(通船)が幕末から始まると、小布施にはふたつの川港が出来、
最大七十石級(約11t)の大型通船も発着して、大変栄えたそうだ。
同時に、物流や商取引を通じて、江戸の最新文化も入って来たのである。

また、絵師・葛飾北斎が幕末に滞在した事から、小布施町が北斎が残した絵画を集めて、
美術館を開設し、北信州の代表的観光地として有名になっている。
現在の主な産業は、観光業、林檎・ぶどう・栗栽培、和菓子製造等で、
人口は約1万人だが、その数十倍の観光客が毎年訪れている。





小布施駅前から、国道403号線・谷街道方面に歩いて行く。
駅周辺はやや低い場所の為、緩やかな登り坂になっており、その途中に・・・
町で一番大きな皇大神社(こうたいじんじゃ)【鳥居マーカー】がある。

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(駅前から緩やかな上り坂を歩く。)
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(皇大神社鳥居。)

何と、本殿は四方のガラス張りで、外から御神体の鏡が見える。珍しい造りだと思う。
御祭神は、「皇大神」なので、伊勢神宮内宮の天照大御神(あまてらすおおみかみ)である。
また、本殿に隣接して、幾つかの末社も合祀されている。

遠方等で、伊勢神宮に参詣出来ない人達の為に御札を授けていた神社で、
当時、旅屋(旅館)も境内に併設されていたそうだ。
現在、長野県で有名な三大市のひとつ、「安市(やすいち)」が旧正月の二日間開催され、
沢山の福達磨や縁起物が並び、行者火渡りも行われるそうで、大変賑わうそうだ。
この市は、江戸時代に毎月六回開かれた市の名残との事。

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(皇大神社。)

皇大神社を出て、歩道を歩いて行くと・・・所々に紙芝居のスタンドや投句箱がある。
絵が描かれたプレートをスライドすると、続きを見る事が出来、なかなか面白い。

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(紙芝居スタンド。)
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(投句箱。)

国道403号線を渡り、町営観光駐車場方面に少し戻ると、
栗の小径【赤色マーカー・カメラマーカー】と言う入り口がある。ここに入ってみよう。

三回、ジグザクと直角に曲がると・・・建物の間を縫う様に、小径が続いている。
栗の木のブロックが敷き詰められ、とても良い雰囲気だ。
遠くから、観光客のざわめきが少し聞こえるだけで、ひっそりとしているのも良い。
脇には、野菜を売っていたり、干し柿が吊るされていたりしている。

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(栗の小径。)
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(野菜の無人販売。)
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(干し柿作り。)
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(小径を振り返って見る。)

このまま、栗の小径を通り抜けると・・・メタセコイヤの大木がある大きな広場に出る。
小布施の観光中心地である広場で、大勢の観光客が集まっている。

広場周辺には、地元有名菓子店の小布施堂と桜井甘精堂の店舗があり、
小布施は室町時代からの栗の名産地として、栗を使った和菓子作りが盛んだ。
江戸時代には、将軍にも献上されており、今では、町にある十二の美術館と和スイートを合わせて、
女性観光客に大変人気がある。

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(メタセコイヤの広場。)

広場の一角には、小布施観光の中心的シンボルである、北斎館【博物館マーカー】がある。
富嶽三十六景の名所絵を収蔵しており、旅好きとしては見逃せないので、美術館に入る事にしよう。

一階には、富嶽三十六景の専用展示室もあり、ゆっくり鑑賞する事が出来る。
他の展示も見てみると、肉筆の人物画が意外と多いのが特徴で、
北斎は版画絵が世界的に有名であるが、晩年は、肉筆画を主に描いたとの事。
なお、葛飾北斎の専門美術館としては、世界で唯一になるそうだ。
(※館内は撮影禁止の為、写真はご容赦願いたい。)
北信濃・小布施/北斎館公式HP

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(北斎館。)

葛飾北斎と小布施の関係は、幕末に、町の豪商であった高井鴻山(たかいこうざん)が招き、
北斎は客人として、通算四年間も滞在したそうだ。
また、俳諧師の小林一茶や、松代藩の佐久間象山(象山先生/※屋代線編で紹介)も招かれた。
高井鴻山は、若い頃に江戸や京都を遊学し、美術や学問思想に理解が深く、
幕末の文化人や思想家の語らいの場を、この小布施に設けたそうそうだ。
今では、その功績を称え、記念館も建てられている。



北斎館前は、整備されたお洒落な観光地であるが、北側には、昔懐かしい感じの土産店通りもある。
大勢の観光客が断続的に集まり、結構、賑やかだ。

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(美術館北側の土産店街。)

南の国道の方に行ってみよう。
国道沿いには、造酒屋の桝一市村酒造場本店【酒マーカー】がある。

創業は約250年前、江戸時代中期の宝暦年間(1750年代)創業で、
長野県下でも、最も小さな造酒屋のひとつとの事。
北斎館から国道への道路の西側には、大きな蔵部(酒蔵)が聳え、レンガ煙突も残っている。
北信濃・小布施/桝一市村酒造場本店公式HP

国道に面した店主屋は、立派な木造建築になっており、迫力がある。
店内には、手盃台(てっぱだい)と言うカウンターがあり、量り売りや一杯飲みが出来る。
店内の一角にも、寄り付きと言う職人の休憩所が残っている。

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(広場から国道への坂道。)
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(桝一市村酒造場本店。)

蔵部(くらぶ/酒蔵)の仕込み時期には、職人が二階に泊まり込む。
また、蔵部の一部は和食レストランになっており、仕込み時期に職人たちが食べる、
「寄り付き料理」をコンセプトにした、メニューを提供しているそうだ。

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(寄り付き料理を提供する、和食処・蔵部。)



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(※谷脇街道)
谷街道のバイパス道。須坂宿を通らずに、綿内から小布施を結んでいた。
小布施町内の高札場があった交差点で、本道の谷街道と合流した。

【歴史参考資料】
「信州おぶせ」小冊子(小布施町発行)

2016年1月13日再編集
2016年12月27日再編集(画像再処理高解像化・文章修正)

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category: 北信州小布施めぐり 全8話

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