hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【185】信州松代、あるローカル線の最後の秋に訪ねて・・・長野電鉄屋代線(31)小布施めぐり[2]ながでん電車の広場 ED502号機。  


小布施駅構内には、長野電鉄の鉄道公園「ながでん電車の広場」がある。
四両の往年の車両を静態保存しており、有効な乗車券や入場券(大人160円)だけで、
自由に見学が出来るそうだ。
なお、平成2年(1990年)に、島式ホーム隣の側線に開設された。

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(ながでん電車の広場。)

島式ホームから小さな構内踏切を渡って、安全対策がされた展示用側線に入る。
この側線は自由に見学可能で、白漆喰の土塀を模した観光看板も、横に設置されている。

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(展示用側線。)

最初のお出迎えは、長野電鉄で使用されていた二基の腕木式信号機と、
須坂駅側線にも留置されている、ED5000形の502号機だ。
501号機と違い、動かないが、車内見学が出来る様になっている。

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(腕木式信号機とED502号機。)

この昭和2年(1927年)製の古い電気機関車は、国鉄ED15形電気機関車と並び、
国産直流電気機関車の元祖的な車両になっている。
501号機の様に、正面下部がゼブラ塗装ではない為か、きりっとした精悍さを感じる。
箱型の角ばったエッジと撫で肩の屋根、正方形木枠窓、木造の乗務員乗降扉等・・・
国産電気機関車の黎明期に製造された大変貴重な車両である。
また、国鉄ED15形に似ていると言われ、車体はひと回り小さく、
モーター総出力は約27%ダウンされている。

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(車体に取り付けられている製造銘板とエンド表示。)

このED5000形直流電気機関車は、長野電鉄から三両が発注された。
後年、502号機と503号機は、新潟県長岡市の越後交通に譲渡されたが、
この502号機だけが保存の為に里帰りしたそうだ。
503号機は、残念ながら、越後交通の廃線と運命を共にしている。
なお、越後交通時代に、尾灯の移設等が行われているので、
オリジナルの501号機と若干違う部分がある。

【長野電鉄ED5000形直流電気機関車の主な諸元】
昭和2年(1927年)製造、日立製作所、全長11.5m・全幅2.7m・全高4.1m、自重36.3t、
直流1,500V、B-B軸配置、吊り掛け駆動、抵抗制御、モーター4基搭載、
出力600kW/h(150kW/h☓4基)、重連統括制御可。

なお、日本の電気機関車の歴史は、明治45年(1912年)に信越本線の通称「横軽」こと、
横川-軽井沢間の碓氷峠区間が電化した際に、本格的に導入されたのが始まりである。
それ以前は、鉱山等で、小型の輸入電気機関車が使われていた程度だ。
当初、イギリス・ドイツ・スイス・アメリカからの輸入電気機関車を導入しており、
当時の日本の工業技術力では、最初からの国産は不可能だった。

大正15年(1926年・昭和元年)になって初めて、国産のED15形を日立製作所が開発。
この長野電鉄ED5000形は、その翌年に製造された車両になる。
なお、戦前までは、変電所が敵軍の空襲を受けると、鉄道輸送がストップする為、
軍の反対で鉄道電化に消極的だった影響も大きい。
日本の鉄道電化と電気機関車の大きな発展は、戦後になってからである。

ちなみに、大井川鐵道編で紹介した、旧型電気機関車E10形は、終戦直後の製造である。
このED5000形は、それよりも一世代以上古いが、重連統括制御も出来る等、
ローカル民鉄向けとしては、当時、非常に高性能だったと思われる。



横にある見学用通路に上がり、車体側面の小さな扉から車内に入ってみよう。
乗務員室は前後幅1.5m位で狭く、乗務員乗降扉や窓枠は小ぶりな木製だ。

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(ED502近影。)

当時のガラス強度の関係か、現代の機関車の様に大きな窓では無く、
機関士席に腰掛けて見ると、小窓から前方を見る感じになっている。
しかし、アイポイントが高いので、遠方の見通しは良い。

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(機関士席。)
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(機関士席と前方視界。腕木式信号機の高さは、機関士席の高さになっている事が判る。)

機関士席の右側には、主幹制御器(マスコン)が鎮座している。
モーター四基分の電流を直接通し、内部の多数のカムスイッチを機関士の手力で動かした為、
他の機器よりも巨大な縦長箱形の装置である。
弧状ガイドレールの切れ込みとロック付きハンドルは、国鉄電機にも通じるデザインだ。
また、蒸気機関車時代の名残で、左手がブレーキ、右手がマスコンの配置になり、
電車や気動車のハンドルは逆配置になり、左手がマスコン、右手がブレーキである。

「制動・後進・断・前進・制動」の小表示盤は、方向転換レバーが付いていたのだろう。
レバーを動かすと、矢印等で現示していたはずだ。

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(主管制御器レバー。)

なお、弧状のガイドレール上には、向こう側から刻印があり、
「断ー直列(制御ノッチ段)ー並列(制御ノッチ段)」になっている。
電気機関車には、モーターが複数搭載されており、その接続方法を変えると、
・直列(モーターが一列)は、電流量は変えず、電圧を加減する。
・並列(モーターが二列以上)は、電圧を変えず、電流量を加減する・・・事が出来る。
ウィキペディア公開ファイル(電気機関車の直並列制御の概念図・8kbyte)

電気機関車は、モーターの並び方と抵抗器(ノッチ段)を組み合わせて、
発車時は直列、速度が出ると並列に切り替えて、運転を行う。
昔の電気機関車では、この直並列制御を機関士の判断と手動で切り替えをし、
現代の新型電気機関車はコンピューターで自動化されている。
ちなみに、この概念は、電車には無いので、同じ電気動力車両でも仕組みが違う。



機関士席周りの計器やスイッチ類も、後年の電気機関車の様に多くない。
この頃の機関車や電車には、速度計が無いのが普通だったので、驚きだ。
また、機関助手席前には、手ブレーキ(ハンドブレーキ)の水平ハンドルがある。

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(機関士席周りの計器は、電流計、電圧計、空気圧力計×2(赤黒二重指針)の四つのみ。
   度計は無く、機関士の経験に依る。空気圧力計は、空気式ブレーキ用圧縮空気の圧力用。)
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(背面のスイッチ類は、カノピースイッチと言う大型の高電圧スイッチ。)
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(手ブレーキは、人力でブレーキを掛ける装置で、駐機時や緊急時に使う。)

乗務員室内後方の扉から、車体中央の機械室に入ってみる(※)。
サイドに通路があるが、幅50cm程しかなく、体を横にしないと通れない。
高速遮断機、継電器、抵抗器やコンプレッサー等が、所狭しと詰め込まれている心臓部だ。

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(通路は大変狭く、反対側にも行ける。手前の金網部分に、高速遮断機がある。)
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(継電器(リレー)と思われる。)
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(中央部に大きな棚があり、抵抗器が沢山設置されている。)
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(台車上付近の駆動系機器。モーターは吊り掛け式で、床下の台車内にある。)



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このED502は、屋代線の廃線後に信濃川田駅跡に移動し、
その後、地元民間企業のオーナー愛好家に譲渡された模様である。

(※)アスベストが暴露している可能性があるので、心配な場合は見学しない方が良い。

2016年1月13日再編集
2016年12月27日再編集(画像再処理高解像化・文章修正)

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category: 北信州小布施めぐり 全8話

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