hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【182】信州松代、あるローカル線の最後の秋に訪ねて・・・長野電鉄屋代線(27)科野の里歴史公園  


松代駅前を通って、自家用車を置いてある市営観光駐車場まで戻る。
行きたい場所があるが、最寄り駅から遠い為、車で行こうと思う。


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駐車場から国道403号線に出て、屋代方面に向かう。
雨宮駅近くの交差点を左折、住宅地の中を抜けて、広々とした田園の中を走り、
長野県立科野の里歴史公園(-しなののさと-)を目指す。
なお、「科野(しなの)」は、「信濃」と読みが同じで、奈良時代の8世紀頃までの旧国名表記である。

所要時間約20分弱で、到着する。
その名称の通り、長野県立と千曲市立のふたつの歴史博物館がある
長野の歴史をテーマにした大きな歴史公園になっている。

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実は、前方後円墳が此処にあり、訪問したいと思っていた。
有名な大阪府堺市の仁徳天皇陵等から、平らな場所にあるイメージだが、
何と・・・有明山と言う山の中腹にある(写真矢印)。
国土地理院 国土電子web(長野県千曲市・森将軍塚古墳)

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山中の前方後円墳を見るのは、初めてである。早速、行ってみよう。
なお、この先は、一般車両は通行止めになっている。
麓にある千曲市森将軍塚古墳館では、見学バスを随時運行されているので、利用しよう。
ロビーの自動券売機で、往復券大人400円を購入。受付係が出発の手配をしてくれる。

ワンボックス車に乗り込み、初老の職員氏の運転で、つづら折りの急坂を登る。
古墳館からの距離は約1km、片道5分、高さは130m上がるそうだ。
話によると、犬の散歩やウォーキングを兼ねて、地元住民は徒歩30分位で登るそうで、
平日は、学校の校外授業・活動の訪問が多いとの事。

山中のバス降車場に到着。40分後に、帰りの迎えが来る約束だ。
山道を少し降ると、前方後円墳が見えて来る・・・森将軍塚古墳である。
近くで見ると、かなり大きく、尾根の形に沿って「くの字」に少し曲がっている。

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今から1,600年程前、古墳時代初期の4世紀末頃に造られた全長約100mの古墳で、
当時、科野の国を治めていた王の墓と言われている。
なお、森将軍は個人名ではなく、「森と言う土地の偉い人」の意味だそうだ。
古くから、森将軍塚と呼ばれているそうだが、被葬者の実名は不明である。
また、長野県内に残されている最大の古墳で、発掘調査に基づいて正確に復原しており、
古墳の大きさ、材料、工法、石の積み方も、当時と全く同じになっている。

登るのを拒む様な急傾斜であるが、階段で登れるので、行ってみよう。
階段下には、4号埴輪棺と言われる小さな墓があり、王の近親者が埋葬されたらしい。
なお、本来の古墳には、階段は無い。見学用に取り付けられたコンクリート製である。

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急勾配の階段で、古墳の四角部分である前方部に上がる。
儀式を行う場所と考えられ、大きな埴輪が縁に一列に並び、とてもシュールな光景である。
勿論、レプリカであるが、27種類157個の埴輪が並んでいるそうだ。
実は、かなりの埴輪好きなので・・・見ているうちに、楽しくなってくる。

円筒埴輪、朝顔形埴輪、入れ物の形の合子形埴輪(ごうすがたはにわ)が、並んでいる。
これらは、高さ0.5-1m位の底が開いている儀式用・象徴用の大型埴輪で、
三角形の穴が開いているのが特徴である。なお、人形や家畜等の埴輪は、5世紀以降に造られた。

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(埴輪は素焼きで、赤く着色してある。)

特に、合子形埴輪は大型で、カゴの様な形が面白い。
最初は、何を模した埴輪なのか、研究者の間でも判らなかったそうだ。
また、毎年11月3日に、「森将軍まつり」と言う大規模なイベントが開催されており、
古墳でのイベントもユニークで、参加してみたい。

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(後円部から、前方部の全景。テニスコートを横に二面分位の広さである。)

もう一段、階段を上がり、円形の後円部に登ろう。古墳上も、高低差がかなりある。
尾根の傾斜により、完全な円ではなく、楕円形になっているのが特徴で、
長さ7.6m・幅2m・高さ2.3mの巨大な石室が中央部にあり、王が埋葬されていた。
石室の床面積は、日本最大級との事。

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(頂上が平らなのは、前期古墳の特徴との事。現在、石室は埋め戻されている。
   本来は、この頂上部も平たい石で覆われていたが、見学者の為に砂利敷になっている。)

また、此処からの景色が大変素晴らしいので、暫く、眺めてみよう。
家族連れや観光客も数人居るが、誰も話さない程、夢中に見入っている・・・

標高は約450m、南から北を望み、善光寺平が一望出来る大パノラマだ。
此処が、古墳の上である事を忘れてしまう。
マピオン電子地図(森将軍塚古墳3D地図・1/15万 ※周辺の起伏が良く判る。) 

突然、空に響く様な轟音がして、飛行機かと思いきや・・・
長野新幹線・東京発長野行き11時28分長野着の「あさま513号」が、
高架橋上をあっという間に走り去って行く。

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(篠ノ井方向を望む。画像中央に、新幹線が見える。)
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(山麓にある歴史公園からの高さは、約130m。ビル40-50階建て相当ある。)
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(長野市中心部方向。高速道カーブ向こうの遠くのビル群が、市中心部。
   手前の盛土の道路は上信越自動車道。松代は、右手の山裾の裏手にある。)
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(手前左から天城山(標高695m)、鞍骨山(798m)、大峰山(841m)。)

古墳の上から、麓側に降りる。麓側はかなりの高さがあり、下から見ると迫力がある。
前方部の傾斜がきつく、まるで壁の様だ。

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前方後円墳の括れた部分の麓に、直径6mの古墳「3号円墳」があり、
6世紀頃に造られた横穴式石室のある古墳との事。その近くにも、別の石棺がある。

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この森将軍塚古墳の周辺には、直径3mから20mの小さな円墳13基が集まり、
また、古墳の麓外縁部には、箱型石棺が64基、埴輪棺12基と多数埋葬され、
古墳上の前方部にも、ふたつの石室とひとつの埴輪棺が発見されている。
これらは、王の近親者や家臣、味方の豪族、古墳関係者の追葬ではないかと言われ、
森将軍塚古墳の本体が造られた後の200年の間に、追って造られたものだ。
森将軍塚古墳周辺図(現地案内板を一部撮影。1,024*768pixel、279kbyte)

なお、千曲市内には、山中にある前方後円墳が他に三つあり、
森将軍塚古墳を含めて、埴科古墳群(はにしなこふんぐん)と呼ばれている。
現在、この四つ全てが国の史跡になっており、この有明山の上方にも、
有明山将軍古墳(4-6世紀頃築・全長37m・埋め戻し保存中)がある。

古墳と大パノラマで興奮し、あっと言う間に40分間が過ぎている。
迎えのバスがやって来ますので、バス乗り場に向かおう。
バスは急坂を滑る様に降りて、麓の古墳館に到着し、次の見学者を乗せて行く。

今回、見学はしなかったが、古墳館には、詳しい展示や解説、副葬品の数々、
石室の実物大レプリカがあるそうだ。太古のロマンを感じるのも、面白そうである。
(入館料大人200円、開館時間や休館日等は、下記の公式HPを要確認。)

また、「科野のムラ」と言う、古墳時代中頃の古代村があるので、行ってみよう。
大小の竪穴式住居や倉庫の八棟と、田畑や儀式場も再現されている。
これらは、隣にある長野県立歴史館の下から、発掘されたものを、復原したとの事。
科野の里歴史公園案内図(公園案内図を撮影。1,024*768pixel、324kbyte)

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白煙は火事ではなく、燻蒸をしているみたいだ。
この懐かしい匂いは、日本の古代の村の匂いかもしれない。

善光寺平を見下ろすビューポイントは、周辺に多数あるが、此処は、中々の穴場だと思う。
太古のロマンと絶景の両方が楽しめるのが良い。
なお、自家用車では、古墳へ登れず、徒歩か見学バス(有料)になる。古墳の見学自体は無料だ。

千曲市森将軍塚古墳館 公式HP



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千曲市森将軍塚古墳館事務局から、写真掲載許可を頂いております。

【謝意】
千曲市森将軍塚古墳館事務局さま、写真掲載許可を頂きまして、ありがとうございます。
厚く御礼申し上げます。

【参考歴史資料】
現地解説板
森将軍塚古墳館 見学者向けパンフレット(千曲市発行)

2015年12月4日再編集
2016年8月25日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)

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category: 長野電鉄屋代線2日目 9話

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