hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【180】信州松代、あるローカル線の最後の秋に訪ねて・・・長野電鉄屋代線(25)車窓風景 屋代駅から松代駅へ&松代歴史名所観光 その5(二日目・前編)。  


屋代駅の見学を十分した後は、8時12分発の上り408列車・須坂行きに乗車し、松代駅に向かおう。
コンプレッサーの懐かしいコトコト音を鳴らしながら、電車が発車を待っている。

屋代駅から松代駅までの車窓風景は、大きく三つのゾーンに分かれている。
屋代駅から雨宮駅間の住宅が多いエリア、雨宮駅から岩野駅間とその先の高速道高架橋までの
山裾沿いのアップダウン、高速道高架橋から象山口駅、松代駅まで広い畑作エリアである。
松代までの区間にある主な河川鉄橋は二箇所、短いトンネルが一箇所ある。
また、屋代駅から松代駅まで、途中駅の四駅全てが、無人の棒線駅になっている。
東屋代駅のみに小型木造駅舎があり、他の駅は、近代的な待合室のみだ。

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【停車駅】〓→主な鉄橋 】【→トンネル ◇→列車交換可能駅
屋代(起点)0812==東屋代==雨宮=〓=】【=岩野==象山口=〓=0825松代◇
上り408列車・須坂行き(←3521+3531・3500系O1編成2両編成) 
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折り返し発車を待つ2両編成の乗客は、十数人で、その殆どが高校生達である。
しなの鉄道の軽井沢行き電車を接続した後、反復の早いルルル音の発車ベルが鳴り、
ブレーキの圧縮空気がシューと排気される。
モーター上昇音と車体の軋み音と共にゆっくりと発車、暫く、しなの鉄道と並走する。
この三線並走区間は一番東側を走行し、線路状態も良い為、時速60kmで快走する。

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(最後尾から後方を撮影。)

右に緩やかにカーブして、しなの鉄道と別れ、長野新幹線の高架橋を潜ると、東屋代駅に到着。
近くに屋代高校がある為、高校生達は降りてしまい、乗客は数人になる。
この先の東屋代駅から雨宮駅間は直線が続き、雨宮駅から岩野駅間は大きくS字状に走り、
河川鉄橋とトンネルをサミットとするアップダウン二箇所を越えて行く。

左窓に住宅地、右窓に田園を見ながら、直線を快走すると、雨宮駅に到着。
この付近までが、屋代の市街地エリアになる。
雨宮駅を発車すると、鉄橋を目指して、緩やかな長い勾配を登って行く。

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(雨宮駅。最後尾から後方を撮影。)

千曲川支流の鉄橋を渡る。一度、下り勾配になってから、再び、登り勾配になり、
北山隧道(トンネル)に入る。その付近が千曲川に最も接近するが、堤防で川面は見えない。

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(雨宮駅。最後尾から後方を撮影。)

短いトンネルを抜けると、山裾に沿って、5パーミルの勾配を下る。
岩野駅から先は川側が開けて、国道403号線谷街道と暫く並走する。
その先の上信越自動車道の高架橋を潜ると、畑の多い、広い場所の中を走る。

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(雨宮駅。最後尾から後方を撮影。)

岩野駅から国道踏切横にある象山口駅まで、緩やかな長い下り勾配が続く。
象山口駅からは、緩やかな登り勾配になり、もうひとつの河川鉄橋を渡るアップダウンを越えると、
右手に住宅と大きな建物が見えて来て、松代駅に到着する。

所要時間13分で、松代駅3番線ホームに到着。
改札の駅長氏も顔を覚えてくれていて、「おはようございます」と挨拶する。
今日の午前中は、昨日に観光出来なかった、大英寺と松代城址を見に行く事にしよう。
天気は曇りがちだが、空は明るい。


より大きな地図で 松代歴史名所観光 その5

駅から南の方角にある大英寺【万字マーカー】を目指して、歩いて行く。
旧松代藩鐘楼横を過ぎ、国道403号線の交差点に近づくと、美味しい匂いが・・・
おやき・和菓子・仕出し弁当店である、つたや本店【食事マーカー】からだ。
長野松代つたや本店公式HP

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店の換気扇からは、湯気が豪快に上がっており、おやきを作っている最中の様だ。
おやきの案内板が店頭にあり、それを見ると・・・具は、茄子が一番代表的らしい。

ホテルの朝食をしっかり食べたが、此処で出会ったのも何かの縁なので、1個だけ食べよう。
「今、出来上がったばかりよ。」と、店の中年女性から、茄子味(120円)を購入。
中まで熱々、皮も餅の様に柔らかく伸び、素朴な味が絶妙だ。
出来立ての家庭のおやきに、一番近い味だろう。

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(案内板は、クリックすると拡大。756*1,024pixel、205kbyte)
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国道を横断して、水路の水音を聞きながら、更に南に歩く。
松代町は、南北に伸びる大扇状地の緩やかな傾斜地にあり、
南の山側から北の千曲川に向かって流れる水路が、道路際に幾つもある。
地元では、「川」と呼ばれ、今でも大切に維持されているとの事。
国土地理院 国土電子web(長野市松代町)

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大英寺【万字マーカー】に、駅から徒歩15分程で到着する。
町の住宅地の中にある浄土宗の小寺で、門前町は無いが、
江戸初期の寛永元年(1624年)、松代藩初代藩主・真田信之(のぶゆき)が、
正室・大蓮院殿の菩提の為に建立した。
大蓮院殿は、非常に優れた奥方として、信之を助けたそうだが、
信之の上田城主時代に亡くなってしまい、大変、悲しんだそうだ、
後に、真田家が松代に転封された際、上田にあった菩提寺を此処に移されている。
(県宝、拝観料無料、9時-16時頃、無休、撮影可。)

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小さな参道には、可愛らしい岩屋六地蔵があり、ほっこりさせてくれる。
その先の小さな山門を潜ると、直ぐに、本堂がある。
かつては、大きく立派な寺だったそうだが、明治維新以降は真田家の援助が難しくなり、
諸堂を取り壊して規模を縮小した為、大蓮院殿の霊屋が本堂となっている。

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本堂の周りには、鐘楼や幾つかの諸堂が残っており、裏手は墓地になっている。
もちろん、この本堂と山門(表門)は、江戸時代初期の寛永元年(1624年)築のものである。
ちなみに、大蓮院殿は、徳川四天王・緒戦無傷の武将で有名な本多忠勝の長女にあたり、
徳川家康の養女でもあった。生前は、小松姫と呼ばれ、女武者だったそうだ。

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大英寺本堂に参拝し、旅訪問のお礼と道中安全の祈願をした後は・・・
代官町【緑色マーカー】に寄ってみよう。
昨日の夕方に立ち寄った、松代まち歩きセンターのガイド氏に、
「武家屋敷の雰囲気が一番残るのは、どの辺りでしょうか。」と尋ねた所、紹介された。
大英寺から旧横田家住宅前を通り、突き当りの三叉路の南先が代官町になる。

町名の通り、代官達を住まわせた場所で、藩中級武士の屋敷が建ち並んでいたそうだ。
また、松代町は狭い道が多いが、此処は道幅が広く、ゆったりした感じがある。
水路の水も豊富で、大きなせせらぎ音と共に、緩やかな長坂を軽快に下っている。

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この通りには、関西大学の創立者・井上操氏生家の井上家、長谷川家や成澤家の旧家があり、
国の登録有形文化財になっている(各旧家は内部非公開)。

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(井上家表門。井上操氏の似顔絵入り観光案内板がある。)

長谷川家は、この周辺の真田家以外で、特に大きい大邸宅である。
長谷川五作氏は、長野師範学校を卒業した師範で、苦心の末、えのき茸の人工栽培方法を発明した。
今では、松代町の特産品のひとつになっている。

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代官町の通りを北上して、駅方面に向かおう。
国道との交差点横には、造酒屋の宮坂酒造店【酒マーカー】がある。
本醸造酒「真田十万石」や「海津櫻」等が、代表的な銘柄との事。
長野松代宮坂酒造店公式HP

国道沿い出入り口には、看板替わりの大きな仕込み樽があり、車からも目を引いている。
店先を覗くと・・・綺麗で広い店内に地酒がずらりと並び、清酒の香りがほのかに漂う。
時折、大型観光バスに乗った大勢の呑ん兵衛達がやって来て、賑やかになる。
なお、地酒の他に、名物の地酒ケーキや漬物、ジャム等も販売している。

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文化財管理者の長野市教育委員会文化財課より、写真掲載許可を頂いております。
井上家と長谷川家は私邸ですので、敷地内の見学は出来ません。立ち入らない様にお願い致します。

【歴史参考資料】
現地観光案内板、長野市教育委員会文化財PDF資料。

【お礼】
長野市教育委員会文化財課さま、写真掲載許可を頂きまして、ありがとうございます。
厚くお礼申し上げます。

2016年1月13日再編集
2016年8月23日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)

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category: 長野電鉄屋代線2日目 9話

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