hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【177】信州松代、あるローカル線の最後の秋に訪ねて・・・長野電鉄屋代線(22)屋代駅 その1 木造待合室と長野電鉄3500系  


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【乗車経路】
東屋代0712======0715屋代(終点)
下り405列車・屋代行き(←3536+3526・3500系O6編成2両編成)
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屋代行き電車に再び乗車して、屋代駅に戻ろう。
東屋代駅からは、自分を含めて三人が乗車し、ひとり下車する。
しなの鉄道との並走区間を経て、屋代駅5番線ホームに到着する。

ふと、窓の外を見ると・・・起点表示の0kmポストが見える。
現在は、屋代方が下りであるが、この駅が東京方面に接続していた事から、
かつては、この屋代方が上りだった。

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(0kmポスト。開業当時の河東鉄道の名残でもある。)

数人の乗客は通勤客の様で、運転士に定期券を見せながら、下車して行く。
先に、フリー切符を見せて、ホームを見学しよう。

この屋代線ホームには、大型の木造旅客上屋と木造待合室があり、
他の屋代線の駅よりも、屋根の高さがかなり高くなっている。

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各柱のホーロー製の行先案内標や駅名標も、昔のままで、鈍い光沢を放っている。
既に、平成14年(2002年)に廃線になった木島線木島方面の表示も、そのままだ。

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屋代駅は、屋代線前身の河東鉄道河東線の起点駅として、大正11年(1922年)6月に開通開業した。
駅自体は、信越本線の官営鉄道駅(後の国鉄)として、明治21年(1888年)9月に開業しており、
千曲市大字小島字寺前にある。
かつては、信越本線との東京方接続口として、旅客輸送・貨物輸送共に重要な駅であり、
現在は、第三セクター鉄道のしなの鉄道と接続し、共同使用駅になっている。

ホームは、しなの鉄道ホームと平行して南北に配され、駅舎から一番遠い東の山側にある。
屋代線ホームは島式ホームだが、しなの鉄道側の4番線はフェンスで閉鎖されており、
片面使用になっている。かつては、両面が使われていたのだろう。

南側の屋代線終端部には、第二種車止めが設置されている。
奥にある大きな建物は、長野電鉄グループ企業の長電テクニカルサポート屋代工場である。
なお、長野電鉄が譲渡車両を受け取る為、しなの鉄道と工場内で接続している。

長電テクニカルサポート屋代工場には、車両技術部門と保線や土木工事等を担当する工務部がある。
しなの鉄道から車両整備を委託されており、長野電鉄の自社車両の整備は、
須坂駅構内の須坂工場が担当している。

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(線路終端部と長電テクニカルサービス屋代工場。)

北側の松代方は、端部は客車ホームのまま閉鎖され、南側の2両分のみが使用可能である。
ホーム全長は4両編成が停まれる程度ある。
また、側線が一本分岐し、南側の工場まで接続している。

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この駅の最大の魅力は、古く立派な木造待合室で、現存するこの規模のものは、なかなか無い。
なお、旅客上屋が高いので、屋根の下に独立して、小屋が建っている感じになっている。
大きさは、大凡、1.5間(2.7m)× 4間(7.3m)あり、四方にガラス窓があるのが特徴だ。

出入口上には、昔の電光駅時刻表が、そのまま使われている。
広告の店は、まだあるのだろうか・・・。
横文字は左書き、電話番号の市外局番が地名になっている電話交換手時代のものなので、
戦後の昭和20年から30年代頃のものと思われる。

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(木造待合室と電光式駅時刻表。)

引き戸を開けて、中に入ってみよう。
乗り換え接続駅で利用客が多かった様で、木目の黒ずみ方や擦り切れ方から、相当な草臥れ感だ。
しかし、昔からの雰囲気を良く残していると言え、窓の桟の意匠は信濃川田駅と同じである。
広さは十二畳程の長方形、床はコンクリートの打ち放しになっており、
駅舎側に木造ベンチが据え付けられている。

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天井は、壁と同じ灰色に塗られており、ストーブの煙突の穴も残っている。
なお、閉鎖ホーム側の引き戸外へは、立入禁止である。

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窓から、しなの鉄道のホームが見える。
あちらも見事な木造旅客上屋であり、こうして見ると、タイムスリップした気分だ。

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良く見かける注意書きも手作りで、味わいがある。
「更埴を訪れる旅人の心を哀しくさせてしまう。」・・・その通りなので、悪戯はやめよう。



ここで、長野電鉄3500系(O6編成・屋代方3536)を少し紹介したい。
ほぼ、営団地下鉄時代の外観のままであるが、長野電鉄のイメージカラーである赤帯、
正面車番プレート、長野電鉄のロゴと車体側面上方に社章が取り付けられている。
また、Hゴム付きパノラミックウインドウ、広いおでこ、美しいコルゲートや
ヘッドライト一体型角型テールランプが特徴になっている。

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運転室周辺には、電光式運賃表示器、運賃箱や整理券発行機があり、ワンマン改造がされている。
乗務員室後ろには、短いロングシートが無いタイプである。

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運転台は、電流計・速度計・圧力計二個の四連メーターと、伝統的なツーハンドル仕様、
マスコンやブレーキ制御装置が、独立した箱形であるのが、今では懐かしく感じる。
ブレーキ制御装置のメーカーは三菱電機製になり、
平成の年月刻印プレートが付いているので、老朽化と保安の為に交換されている。
マスコンは、おそらくオリジナルで、大型ハンドルの跳ね上げロック式だ。

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(左がマスコン、右のブレーキ制御器のハンドルは、運転士が携行し、運転時に装着する。)
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(料金箱は、使用時に扉を開放して、客室側に引き出す路線バスと同じ両替機能付きタイプである。)

また、大変高い乗降ドアの小窓であるのが、元・地下鉄車両らしい特徴的な部分である。
東急百貨店のつり革広告があるが、長野駅前に東急百貨店がある。

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なお、ワンマン運転になるので、屋代線有人駅の松代駅と須坂駅以外は、
進行方向先頭車の乗務員室後ろ扉一箇所のみが開閉する。
乗車方法は路線バスと同じで、前乗り・前降りの運賃後払い方式になっている。
ドア横には、乗車時に発券する整理券発行機が両側にあり、
冬季は、車内保温の為に折り返し待ち時にドアを締め切るので、半自動扉に改造されている。
(冬季の締め切り時は、手で開閉。)



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グーグルマップの線路部分は、廃線の為に削除されています。
駅の所在地は正しいので、参考程度として下さい。

2016年1月13日再編集
2016年8月19日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)

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category: 長野電鉄屋代線2日目 9話

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