hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【19】南アルプスとアプト式山岳鉄道を訪ねて・・・大井川鐵道井川線(4・最終回)奥大井湖上駅から、終点井川駅へ。  


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【停車駅】 〓は主な鉄橋
奥大井湖上1427=〓=接岨峡温泉=尾盛=〓=閑蔵=1506井川 
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タイフォンが鳴ると、孤高にも感じさせる奥大井湖上駅を発車する。
此処からは、長い上り勾配と山中のトンネル連続区間となり、
暫くすると、右手に南アルプス接阻大吊橋と僅かながらの平地や茶畑が見えて来る。
また、ダムの水が少ない時期は、トンネル先の列車後方に長島貯砂ダムが見えるそうだ。
これは、ダム湖内に砂が貯まらない様にする砂防ダムで、春の水量が多い時期は水没している。

接岨峡大吊橋が見える付近から、長い下り勾配になり、旧線との合流地点を通過すると、
井川線唯一の温泉町駅の接阻峡温泉駅(せっそきょう-)に到着。
何人かの乗客が下車する。なお、新線区間は此処までになる。
なお、ダイヤによっては、千頭行き列車に改札を出ずに乗り換え、戻る事も出来る。

昭和34年(1959年)8月、中部電力から大井川鐡道へ運行の移管時に川根長島駅として開業し、
新線に付け替えられた平成2年(1990年)に、現在の駅名に改称している。
起点の千頭駅から15.5km地点、所要時間約1時間10分、所在地は榛原郡(はいばら-)川根本町犬間、
標高は496m(千頭から+198m)になる。
島式ホーム一面二線の列車交換可能駅で、委託駅であり、時間限定ながら駅員が勤務している。

構内は、木造駅舎と島式ホームを南北に配し、千頭方に機関車の留置線もある。
列車によっては、この駅で折り返す場合もあるので、上下方ともスプリングポイントの
一方向進行の為、井川方のスプリングポイントを利用して、千頭行き2番線に転線が行われる。
場合によっては、千頭行き列車の後部に回送編成を繋げる場合もあり、
回送編成の機関車が編成中程に組み込まれる形になる。
なお、回送編成の連結作業は車掌氏の担当であり、貨物の突放の様に外ステップに立って、
機関車を誘導する光景が見られる。

駅周辺の民家は、ダム建設による水没の際に移転して来たそうで、
温泉街の中心は、接阻峡大橋で大井川を渡った対岸にある。


(国土地理院電子国土Web・接岨峡温泉駅付近)

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(下り列車は駅舎から至近距離の為、復路での撮影。)

駅の裏手に、日帰り入浴が可能な民宿露天温泉があり、湯は凄く良いとの事。
途中下車する時間があれば、次の列車まで、ひと風呂も良いかもしれない。
また、ひとりでの宿泊も可能なので、連日の井川線訪問にも良さそうだ。
民宿森林露天風呂公式HP

この先の大井川は激しく蛇行し、険しいV字谷の接阻峡が続く
ダイナミックな森林鉄道の雰囲気が楽しめる区間となる。
線路は、長い上り勾配と深い森の中をゆっくりと走り、
手入れがされた高く真っ直ぐに伸びる杉林の間から、接岨峡が見える感じだ。
この先の第29号トンネル付近にピークがあり、下り勾配となって、トンネルを幾つか越えると、
井川線で一番、中部エリアでも、一番の秘境駅と名高い尾盛駅(おもり-)に到着する。

周りには人家は一軒も無く、駅に連絡する道路も無い超絶的な駅は、
秘境駅として全国的に有名なJR飯田線の小和田駅よりも、上を行くと感じる。
以前は、ダム建設の従業員の宿舎や小学校、医院もあったそうだが、
それが無くなった後も、ダム建設の補償の関係により、駅は廃止せずに残っている。

駅の開業は、昭和34年(1959年)8月、起点駅の千頭から17.8km地点、所要時間約1時間40分、
所在地は榛原郡(はいばら-)川根本町犬間、標高は526m(千頭から+228m)になる。
構内は広く開けた明るい場所にあり、列車交換設備の跡や側線跡のスペースも見られる。
現在は、倉庫向かいの対向式ホーム一面のみを使った無人駅になっている。

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(建物は駅舎では無く、保線小屋である。熊出没時の緊急避難場所にもなってる。)
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人は居ないが、大きな信楽狸が出迎えをしてくれる。
今でも、鉄道ファンの秘境駅訪問や地元の人の山仕事等で、年間数百人の乗降があるとの事。
なお、 熊の出没地帯の為、大井川鐵道の判断により、下車禁止になる場合がある。

タイフォンを鳴らし、超絶秘境駅の尾盛駅を発車する。
この先も険しい区間になっており、狭いV字谷に落ちそうな絶壁を縫う様に、
急カーブと狭小トンネルをゆっくり走り抜けて行く。

3本目の第35号トンネルを抜けると、支線跡が分かれ、関の沢鉄橋(長さ114.0m)を渡る。
高さは70.8m、鉄道用鉄橋では日本一の高さがあり、特別に一分間停車するサービスが有る。
下を覗き込むと・・・ビル30階建ての屋上に相当する高さがあり、足が竦みそうだ。


(国土地理院電子国土Web・関の沢橋梁【中心十字線】)

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(下流の大井川側。)
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(支流の上流側。)

下に流れる川は、大井川支流の関の沢川になり、上流側に山腹をくり抜くダム送水管も見える。
先程のトンネル出口付近から、分かれる支線跡は、この送水管の工事に使われたのであろう。
また、この橋の周辺は、紅葉の絶景の名所で有名だ。

この先は、深い山の中をトンネルが連続し、中央部に荒々しい素掘り部分があるトンネルも多くなる。
第41号トンネルから、山中の切り通し部を抜けると、最後の途中駅の閑蔵駅(かんぞう-)に停車する。
この駅から、静岡市葵区に入るが、市中心部の繁華街で有名な葵区が深山の中にあるのも、面白い。
地方自治体の広域合併による為だろう。

閑蔵駅から終点の井川駅までの5.0km区間は、井川線内で最長の駅間距離となり、
大井川の激しい蛇行にぴったりと寄り添い、最も険しい区間になる。
しかし、かなり深い木立の為、大井川の渓谷は中々見えない。

次々と左右に曲がりくねる急カーブと激しいフランジ音、落石防止ネットの崖下危険箇所も多く、
窓から手が届きそうな位の迫力満点の素掘り部分の有るトンネルを抜けて行くと・・・
第48号トンネルを抜けた先に、小さなダムが見えてくる。
発電用取水ダムの奥泉ダムで、アプトいちしろ駅横の大井川ダムに、
山中を貫く長大な導水トンネルで送水されている。
先程の関の沢鉄橋左窓から見える送水管は、このダムからの送水管になる。
国土地理院電子国土Web・奥泉ダム

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昭和30年(1955年)竣工の重力式コンクリートダムは、
車窓から見ると小さく見えるが、44.5mの高さがある。
ダム周辺は立ち入り禁止区域の為、井川線から唯一全景を見る事が出来るそうだ。
なお、此処に駅は無いが、ダム建設時や保守に使われる資材置き場があるので、
平坦で広いスペースが確保されている。
また、車窓から見上げると、周辺の山々の景色も眺める事が出来る。

奥泉ダムからは、この井川線のラストスパートになる。
深山の中の急カーブとトンネルが連続し、第一金山トンネルと思われる第53号トンネルは、
直線の長いトンネルになっており、中央部の素掘り部分が長く、最もダイナミックな印象だ。
また、短いトンネルを三つ抜けた第57号トンネル先は、通称「山の十二単」と言われる
幾重にも山並みが重なる名所になっており、列車も徐行してくれる。

そして、赤い鉄骨柱のロックシェッド部がある第59号トンネルを抜けると・・・
井川ダムこと、巨大な井川五郎ダムと井川湖が見えて来た。
当時、ダム建設の陣頭指揮を取った中部電力の初代社長の井上五郎氏の名前、
「五郎」を、外国のダム名称に見習って名付けられたそうだ。
なお、井川線は、この井川ダム建設の為に造られた鉄道である。

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昭和32年(1957年)竣工、ダムの高さは103.6m、幅は243m。
長島ダムとほぼ同じ大きさだが、貯水量は1,500万m³で、おおよそ倍になる。
日本初の中空重力式コンクリートダムであり、「中空」であるので、
ダム本体の内部に空洞が有る(※)。

現在のダム建設は、コンクリートの全量の重さで堰き止める重力式が一般的で、
ダム断面は直角三角形になっている。
中空重力式は、川の流れ方向にコンクリートのI形を幾つも並べる様に打ち込み、
断面は二等辺三角形、中の空洞は六角形になっている。
コンクリート単価が高かった昔に、建設費削減の為、イタリアのダムを参考に造られたそうだ。
現在はコンクリート単価も低下し、重力式の方が総合的に安価に施工できる為、造られなくなった。

因みに、大井川の源流は、この先の南アルプスの白根三山付近にあり、
本流に設置されたダムは6つで、井川ダムは上流から3つ目になる。
大井川本流で最大のダムは、更に上流にある畑薙第一ダム(はたなぎ-)で、
昭和37年(1962年)竣工、ダムの高さ125m、貯水量1,074万m³、中空重力式になる。
なお、大井川本線塩郷駅付近の塩郷ダムは、高さが15m未満なので、
正式にはダムに該当せず、堰堤(えんてい)になるとの事。

そして、遠方色灯式信号機がポータル前にある最後の61号トンネルを抜けると・・・
15時06分に井川線終点の井川駅(いかわ-)に到着、金谷から続く大井川鐵道の終着駅でもある。
ホームに降り立つと、冷んやりとした空気が張り詰め、標高は686mもある為に春服では肌寒く、
周りの景色は、大井川鐵道起点の金谷周辺よりも、約1ヶ月遅い感じになっている。



この井川線は、昭和29年(1954年)に井川ダム建設の為、
大井川ダムの横(現・アプトいちしろ駅付近)から井川駅まで、難工事の末に延伸された。
当時、国鉄初乗り運賃が20円の頃に、25億円の巨額の建設費が掛かったそうだ。
起点の千頭駅から25.5km地点、本線の金谷駅からは65km地点、千頭から所要時間約1時間30分、
所在地は静岡市葵区、標高686mになり、千頭駅から388m高く、
平均勾配率15.2‰(路線キロ相対)で上がって来た事になる。
国土地理院ウオッちず 井川駅

線路の直進方向には、扉が取り付けられたトンネルがあり、湖畔の方向に線路が伸びている。
その先には、昭和46年(1971年)まで貨物駅として使われていた堂平駅跡(どうひら-)があり、
駅間の廃線跡も残っているそうだ。

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(安全の為か、改札は直ぐに閉鎖され、到着後の構内の見学は不可である。)
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(側線もあり、石垣の手前で、線路が終わっている。側線にホームらしいものも有る。)

井川駅周辺の見学をしたい所だが、千頭行き最終列車が40分後なので、今回は諦めよう。
駅はダム横の高台にあり、階段を降りると、土産店兼食堂が一軒あるだけだ。
なお、井川の町はダムの近くにある駅周辺には無く、駅から2〜3km北側に離れている。

10畳程の広さの待合室で、ストーブにあたりながら、のんびりと待つ事にしよう。
この駅は有人駅であり、記念に硬券入場券を購入する事も出来、
南アルプスあぷとラインの乗車証明書もサービスで頂いた。
証明書の写真は、先程の関の沢鉄橋の綺麗なトラスアーチ橋と紅葉になっている。
なお、井川線の硬券入手可能な駅は、奥泉駅、接阻峡温泉駅と井川駅の三駅で、
接阻峡温泉は委託駅になっている。

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(帰宅後に撮影。)

15時48分発の最終列車の案内があり、千頭駅に戻ろう。
帰りは10人程で、先の乗客の半数は大井川を更に北上するか、井川に宿泊の様だ。
春の深山の斜陽は早く、肌寒い為に暖房が入っている。
また、今回の旅では、時間的に途中駅の木造駅舎訪問が出来なかったので、
次回訪問したいと思う。

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大井川鐵道公式HP

(終)



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2016年1月20日再編集
2016年5月31日再編集(文体変更・画像整理)

【訪問日】2009年(平成21年)3月26日
【カメラ】PENTAX Optio S10

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category: 南アルプス井川線紀行 全4話

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