hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【141】遠州湖北と国鉄遺産を訪ねて・・・天竜浜名湖鉄道(44)車窓編 その6 利木トンネルから、終点新所原駅へ。  




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【停車駅】◎→列車交換可能駅、】【→トンネル
尾奈==】(利木隧道)【==知波田◎
下り333列車・普通新所原行(TH2114・単行)
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ある程度、急勾配を登ると、直線区間になり、長さ663mの利木トンネルに入る。
なお、トンネル入口付近標高は35mであるが、土被りは75mもある。
マピオン電子地図(天竜浜名湖鉄道利木トンネル)

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(利木トンネル前の直線区間。)
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(利木トンネル新所原方出入口。トンネル照明は無い、開業当時のトンネルである。)

利木トンネルを脱出すると、エンジンブレーキをグイングインと利かせながら、
25‰の下り急勾配を一気に降って行く。
左窓には、浜名湖支湾の松見ヶ浦の青い湖面が、木々の間から、ちらほらと見える。
また、浜松市北区三ヶ日町から、湖西市のエリアに入る。

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(下り急勾配から、松見ヶ浦が見える。春訪問時の撮影。)
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この急坂を降り切ると思いきや、同じ25パーミルの登りで切り返す大きなアップダウンがあり、
肉眼でも、はっきりとV字坂であるのが判る位で、まるで滑り台の勢いだ。
このV字坂を越えると、11‰の長い下り坂になる。

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(25‰相対のV字坂。最後尾から三ヶ日方を撮影。)

そして、築堤上の大きな右カーブと共に、湖側を回って来た国道301号線をオーバークロス。
その先の小川の小鉄橋と今川橋梁のプレートガーター鉄橋を渡り、
Y字スプリングポイントを乗り越えると、知波田駅(ちばた-)に到着する。
ここで、長らく付き合ってきた浜名湖とは、お別れになる。

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(知波田駅。)
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(知波田駅ホーム。駅訪問時に撮影。)

知波田駅は、昭和11年(1936年)12月の国鉄二俣西線開通時に開業、
起点の掛川駅から34駅目、62.9km地点、所要時間約2時間、
終点の新所原駅から3駅目、4.8km、5分になる。
開業当時からの千鳥式ホームと掛川方に貨物側線があり、
歯科医院ビルの一部として、駅舎は建て替えられている。
また、三ヶ日駅から新所原駅までの区間では、唯一の列車交換可能駅になっている。

この知波田は、浜名湖西岸の支湾である松見ヶ浦の最奥部の町である。
浜名湖に突き出た正太寺鼻(しょうたいじはな)という小半島に、
遠江に侵攻しようとする三河の徳川家康に対抗する駿河今川氏の宇津山城があり、
戦国時代は重要な場所だったそうだ。
しかし、永禄11年(1956年)冬、家康重臣の酒井忠次の軍勢により落城。
家康も、この城の重要さから廃城とせずに、拡張工事と城番を置いたそうだ。
その後、いつの日にか廃城となり、現在は、正太寺(しょうたいじ)が置かれている。
正太寺からは、浜名湖を望む絶景が広がり、山ツツジの名所としても有名だそうだ。
・マピオン電子地図(知波田宇津山城址・正太寺・1/21,000)
・正太寺てんぷる公式HP



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【停車駅】◎→列車交換可能駅
知波田◎===大森===アスモ前===1701新所原
下り333列車・普通新所原行(TH2114・単行)
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知波田駅からは、小さなサミットがある低山地帯に入る。
鬱蒼と木々が茂った切り通し部の64kmポスト付近を過ぎると、長い下り坂になる。
なお、国道301号線も寄り添っているが、線路からは良く見えない。

低山地帯を抜けて視界が開けると、大きく右にカーブして、平坦地に線路が降りる。
県道をアッパークロスするコンクリート橋と太田川橋梁の鉄橋を渡ると、大森駅に停車。
この駅は、平成21年(2009年)4月に開業した、天浜線で一番新しい駅である。
単式ホームには、ハイテクなLED案内機や開放式木造待合所があり、他の路線の駅の様に感じる。

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(大森駅。)

なお、湖西連峰は、この大森の西方が終端となっている事から、
線路は南西に進路が変わり、連峰の南側の狭い谷間に入って行く。

この先の1.7kmの区間は、気持ちの良い一直線の区間になっている。
ふたつ連続した小さなプレートガーター鉄橋と踏切をサミットとする、
緩やかなアップダウンを、二回越えて行く。
この付近は、太田川の細長い谷間になっている為、左右には田圃が広がっている。

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(かつて、この谷は入会地※だった。その為、住宅が大変少ない場所になっている。)

右手に大きな溜池と運動場の防球ネットが見えると、最後の途中駅であるアスモ前駅に到着。
自動車部品工場の目の前にある企業門前駅で、周辺には人家が無い。
利用客の殆どは、この工場に勤務している人達との事で、工場敷地内に一般人は入れない。
第三セクター転換日の昭和62年(1987年)3月15日開業、起点の掛川駅から66.7km地点にある。

また、天浜線の縁起駅となっており、オリジナルキーホルダー等が発売されている。
アスモまえ駅を、「明日も前(に)」と言う語呂合せだ。

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(アスモ前駅。トヨタ系大手自動車部品メーカーのデンソーの子会社である。)
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(アスモ前駅。第三セクター転換日と同時開業であるが、国鉄風ブリキ駅名標がある。)

アスモ前駅を発車すると、終点の自動アナウンスが始まり、
運転士からの東海道線の乗り換え案内も始まる。
いよいよ、この長い天浜線の旅も、終わりになる。
木々が生い茂った最後の登り勾配を登り、高架橋下と右カーブの先の踏切を越えると、
突然、左手に東海道線の複線レールと架線柱が見えて来る。
アスモ前駅からは1km程度の距離しかないので、直ぐと言う感じだ。

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(新所原駅。)



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三ヶ日駅から新所原駅までは、午後は逆光気味になり、撮影困難だった為、
同年秋の再訪問時に撮影した画像を主に使っています。
また、線路写真は、同年秋の再訪問時、上り掛川行き列車から新所原方を撮影。

(※)近代以前の村や集落の共有地。山や荒地、泉など。
薪集め、肥料作りの草、萱などを刈る場所として、共同利用された。
明治以降、農村の近代化や国有地(林)化が進んで、殆ど消滅した。

2016年1月11日再編集
2016年7月23日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)

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category: 天竜浜名湖鉄道2日目 22話

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