hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【145】遠州湖北と国鉄遺産を訪ねて、再訪。・・・天竜浜名湖鉄道(48)尾奈駅 後半の部&知波田駅  


ホームの向かいは、そこそこの高さのある築堤の急斜面なっており、下には小さなみかん畑がある。
また、国鉄時代に、駅間連絡に使われた電信線を支える木製電信柱が四基残っており、
うち三つは、支柱が並行になっており、最南端は「ト」の字形になってる。

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(ホーム向かいの木製電信柱。かつては、線路に平行して、ずっと設置されていた。)

北からふたつ目の電信柱には、点検台らしいものも併設され、
開業直前の「昭11・9」(昭和11年9月)と管理番号「工51」の縦書き・漢数字のプレートが残る。
他の電信柱にも取り付けてあり、全て同じ年月であり、北の上り方から「工50」、「工51」の順だ。
しかし、南側の二基は直射日光が強く当たる為か、プレート文字が消えている。

新所原方の踏切と切断レールを見に行ってみよう。
踏切からは、国道の向こうに、浜名湖も少しだけ見える。
踏切は屋敷踏切と言い、踏切を渡った先はみかん畑の谷になっている。

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(踏切から新所原方。西神田川を渡ると、長い急勾配が始まる。)
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(屋敷踏切先は、小さな集落と見事なみかん谷がある。)

すると、踏切が突然鳴り、大きなエンジン音とジョイント音を鳴らしながら、
7時49分発の上り118列車・掛川行きがやって来て、駅に停車する。

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(朝日の中、尾奈駅に到着する上り118列車・掛川行き。)

列車を見送り、駅に戻る際、線路際の切断レールを見ると・・・
昭和28年(1953年)製造の八幡製鉄製(現在の新日鉄)である。
八幡製鉄は、終戦直後の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の財閥解体命令により、
解体された官営八幡製鉄所の後釜の会社になる。

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(レールの刻印拡大画像。)

「50(? やや不鮮明) PS 丸Sマーク 1953 ||||| OH」の刻印は、
50はメートル当たりのレール重量kg、PSはレール規格、
丸Sマークは八幡製鉄製のマーク、西暦年号の製造年、棒の数は製造月、
OHは製鉄時の炉の種類を表している。
読みは、「50kgレール PS規格 八幡製鉄製 1953年5月製造 平炉製鋼法」となる。
なお、PS規格とは、「ペンシルバニアシステム」の略で、
当時のアメリカ・ペンシルバニア鉄道のレール規格に、準じている事を示している。
OHの意味は、平炉の英語’Open Hearth’の略である。



尾奈の東向半島、ふたつの寺院、駅と・・・十分に見学をした。
まだ、朝日が眩しいので、時間調整を兼ねて、
8時8分発の下り305列車・新所原行きに乗車し、新所原まで再び戻ろう。

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(8時8分発の下り305列車・新所原行きが到着する。)

列車に乗り込むと、通勤通学客が20人近く乗車している。
折り返しの新所原駅からは、寸座駅まで車窓撮影をしながら、向かう予定だ。

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【乗車経路】
尾奈808====825新所原834====910寸座
下り305列車・普通新所原行き、上り122列車・普通掛川行
共にTH2103・単行(新所原折り返し運転)
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此処で、パーク・アンド・ライドを利用した、知波田駅(ちばた-)を簡単に紹介したい。
尾奈駅と大森駅の間にある駅だ(画像は、都筑駅から戻ってきた正午過ぎの撮影)。



新所原駅から三ケ日駅まで、国鉄二俣西線が開通した昭和11年(1936年)12月開業。
起点の掛川駅から34駅目、62.9km地点、所要時間約2時間、
所在地は静岡県湖西市太田、標高5mで、終点の新所原からは3駅目、4.8km、5分になる。
なお、三ヶ日駅から新所原駅間では、列車交換が出来る唯一の駅になっていると同時に、
新所原方からの利木峠を越える手前の要衝駅になる。

南北に長い千鳥式ホームが配置され、警報機だけの構内踏切が設置されている。
下り2番線ホーム中央付近には、数字が手書きされた63kmポストもある。

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(新所原方から、知波田駅全景。構内は非常に長い。)

かつては、急傾斜の切り妻屋根の木造駅舎であったが、
大きな鉄筋コンクリートビルに建て替えられ、歯科医院がテナントで入っている。
構内踏切付き千鳥式ホーム二面二線と、三ヶ日方に貨物側線が残っており、
元貨物ホームと思われるスペースは、駐車場、駐輪場、消防倉庫になっている。

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(構内踏切と改札口。駅舎側と上り1番線ホームは、近代化されている。)
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(上り1番線ホームと駅舎。下り2番線は、比較的、原形を留める。)

北側の三ヶ日方は、踏切とふたつの鉄橋の小さなアップダウンを越えると、
利木峠を越える長い登り坂が始まる。貨物側線も残っているが、使われていないようだ。
また、利木峠の稜線が、湖西市と浜松市北区の市境になっている。

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(三ヶ日方。)

南側の新所原方は、低山地帯に入り、雑木林の切り通しピークを抜けて行く。
その付近が、湖西連峰の最南端になっている。

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(新所原方。※完全逆光の為、ご容赦願いたい。)

駅舎の大部分は、歯科医院のスペースになっており、
北側に、半円外壁のトイレとバリアフリーの外通路がある。
駅出入口は医院出入口と並び、道路側だけに、鉄製の大きな引き戸が付いている。
やや殺風景な十五畳位の広さの待合室内は、国鉄風のプラスチックベンチ二種が、
壁沿いに対で置かれているだけだ。

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(駅舎外観。駅の感じが全くしない。)
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(改札と待合室。)

この知波田は、浜名湖西岸の宇津志山がある正太寺鼻と対岸の洲ノ鼻と言う小岬に閉じられた
松見ヶ浦と言う小さな湾奥にある港町で、今川河口近くに集落があり、駅もその中にある。
波が大変穏やかである事から、ヤマハ・スズキ等のマリーナや海水浴場があり、
今川氏の出城だった宇津山城址と浜名湖大展望で有名な正太寺がある。
また、駅西側500mには、湖西連峰の山が迫っており、意外と険しい地形になっている。
この湖西連峰を越えると豊橋市があり、知波田から県道の近道がある。





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2015年12月3日再編集
2016年7月24日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)

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category: 天竜浜名湖鉄道再訪編 13話

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