hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【127】遠州湖北と国鉄遺産を訪ねて・・・天竜浜名湖鉄道(30)気賀駅周辺散策 気賀関所 前半の部  


早朝出発だった事もあり、空腹になって来たので、昼食にしよう。
昨日の昼食は、蕎麦だったので、駅テナントの「中華屋貴長」で、ラーメンを食べる。
天竜浜名湖鉄道公式HP内・中華屋貴長
食べログ静岡気賀駅・中華屋貴長

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(駅テナントの中華屋貴長。)

暖簾を潜って中に入ると・・・
駅事務室を改装した十畳位のスペースに、テーブル席とカウンター席が並んでいる。
左奥のテーブル席に腰掛け、看板メニューの「貴長塩らーめん」(800円)を注文する。

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10分程度で出て来た。
マイルドでありながら、コクがある濃い目の塩味、とろっとした味付け玉子が入り、大変美味しい。
細めで柔らか目の綿だが、適度なコシがあり、スープとの馴染みも良い。
この淡い緑色の麺は、大将に聞いた所、幼稲パウダーが入っている為との事だ。

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(名物の貴長塩らーめん。税込800円。)

足しに、「勝見のうなぎ焼きおにぎり」(1個・150円)も、ひとつ追加する。
真ん中に、柔らかい味付け鰻が一片入り、ご飯にも味が良く染みて美味しい。
なお、勝見は、三ヶ日町にある有名鰻料理店らしい。
浜名湖うなぎ処・勝見公式HP

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昼食後に少し休憩した後は、駅の近くに関所があるので、行ってみよう。
気賀駅(きがえき)の構内踏切を渡る。

駅の南側は、広い駐車場があり、向かいにある浜松北区役所(元・細江町役場)や
市立幼稚園、市立細江図書館、細江警察署等がある公官庁エリアになっている。
その南には、都田川が流れている。
駅の西側200m先の図書館と警察署に挟まれた場所に、気賀関所がある。



現在、この気賀関所は、浜松市の歴史観光施設として、一般公開されている。
元々は、駅北側の国道沿い(姫街道)の気賀四ツ角交差点横にあった関所を、
資料に基づき、平成2年(1990年)に忠実に再建したものだ。
なお、オリジナルの気賀関所は、昭和35年(1960年)まで現存していたそうだが、
残念ながら、老朽化の為に全て取り壊されている。
マピオン電子地図(気賀関所跡・気賀四ツ角交差点・1/3,000)

気賀関所の歴史は、飛鳥時代の7世紀まで遡り、
元々は、都がある畿内を守る軍事的要害の目的が強かったと言われている。
当時は、「関塞(せきそこ)」と言われ、東海道鈴鹿関、東山道(後の中山道)不破関、
北陸道愛発関(後には、逢坂関に代わる)が三関と言われていた。
中世になると、公家、豪族、寺社等が勝手に関所を作り、通行料を徴収したが、
織田信長や豊臣秀吉は、これらの関所を徹底して廃した。
その為、江戸幕府の交通政策に拠って、再び整備されている。

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立派な石畳を一歩ごと歩く毎、街道時代にタイムスリップした気分になってくる。
入口横の案内所にて、入場券(大人200円)を購入、パンフレットも貰う。
看板も入場券も、通行手形と言う所が粋だ。

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気賀関所は脇街道の関所であるが、箱根、新居と並ぶ東海道三大関所のひとつになっている。
関ヶ原の戦いの翌年、慶長6年(1601年)に徳川家康によって開所され、
有名な「入鉄炮出女」と言われる厳しい規制を敷いた、江戸防衛の要の関所だった。
実は、江戸幕府開設の箱根関所よりも、18年も早く開所されている。
また、以前は、三ヶ日の西の本坂に関所が設けられていたが、
気賀関所の開所により、廃止になっている。

現在の入場門にあたる、江戸方の冠木門(かぶきもん、別称・大門)は、
両隣に葵の御紋が構え、江戸幕府の要衝地としての雰囲気を盛り上げている。
当時の開所時間は、24時間体制ではなく、
陽が明るい日中の明け六ツ(午前6時)から、暮六ツ(午後6時)までだった。

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(江戸方の冠木門。)

門を潜って直ぐの右手・北側には、本番所(ほんばんしょ)があり、
ここに関所役人が詰めて、通行人や荷の審査や検査を行う、関所改めを行う。
その事から、面御番所(めんごばんしょ)とも言う。
また、敷地の広さは547坪(1,808m²)で、裏の竹藪が117坪(387m²)あったそうだ。

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(本番所。)
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(改の役人達。)
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(身分が高い者用の控えの間「上の間」。)

屋内の座敷には、等身大の蝋人形が配されており、とてもリアルだ。
数人の関所役人が交代で勤務し、明治2年(1869年)の明治政府の関所廃止令まで、
地元の旗本である近藤家が、関守として管理をしていた。



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気賀関所事務局さまから、ブログ公開と写真掲載の許可を頂いております。

【謝意】
浜松市気賀関所事務局さま、掲載許可を頂きまして、ありがとうございます。
厚く御礼申し上げます。

2016年1月7日再編集
2016年7月22日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)

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category: 天竜浜名湖鉄道2日目 22話

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