hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【124】遠州湖北と国鉄遺産を訪ねて・・・天竜浜名湖鉄道(27)西気賀駅 後半の部&プリンス岬  


待合室は八畳位でやや狭く、東側の窓沿いに木造ロングベンチが設置されている。
天井は高く、床はコンクリートの打ち放し、大きな二段縦窓、出入口は吊り戸で、
内装は他の天浜線の各駅と共通になってる。

窓枠は木製のままで、一部、角を金具で補強してある。
また、ホーム側と駅出入り口側の吊り戸も両方残り、補修もしてあるので、
他の天浜線の駅よりも、待合室の原形の保存状態が良いと言える。

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(待合室。出入口側の吊り扉は、全てガラス入りになってるのが面白い。)
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(改札口。出札口や鉄道手小荷物窓口は改装され、面影は無い。)

改札口横には、登録有形文化財の案内パネルもある。
何故か、小学校の机があり、駅スタンプラリーのスタンプが置いてある。
なお、改札口側の吊り戸は、登録有形文化財パネルの後ろにある。

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(国登録有形文化財の案内パネル。)

駅事務室は改装され、洋食屋「グリル八雲」がテナント入店している。
名古屋駅東側の中心街にあった、有名洋食店「八雲」の暖簾と味を受け継いでいるそうで、
こちらのエリアの洋食料理店界隈では、有名な店らしい。
浜名湖の幸を使ったフランス料理店で、三ヶ日牛のビーフシチューや
女優の美空ひばりが好物だったコーンポタージュスープが、名物との事だ。
天竜浜名湖鉄道公式HP内・西気賀駅・グリル八雲(※定休日・営業時間は要確認。)

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(駅テナントのグリル八雲。予約無しで大丈夫との事。)

駅前に出てみると・・・国道から少し奥まった場所に駅があり、
舗装された広い駅前広場があるが、商店等は無い。
他の天浜線の駅舎と雰囲気が違い、上部の白いモルタル外壁と下部の腰板が洒落ており、
母屋の屋根からの庇が、殆ど出ていないのが特徴だ。

また、テナント側の窓は、小さな出窓に交換されているが、
改装前は、待合室東側と同じ大きな二段縦窓が同じ場所に付いていたそうだ。
外壁、屋根や出入口上の国鉄風駅名標は、綺麗に塗り直されている。

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(駅舎外観。南に面しているので、明るい雰囲気である。)
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(駅出入口。)
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(国鉄風の黒色駅名標。)

少し時間があるので、駅の近くのプリンス岬を散策してみよう。
かつて、今上天皇御一家が皇太子時代に、この岬の別荘で夏の御静養された事から、
そう呼ばれている。正式には、五味半島(ごみ-)と言う。



五味半島は、桟橋の様に浜名湖の支湖である引佐細江(いなさほそえ)に突き出しており、
一周20分程度で回れる超ミニ半島になっている。
駅前の国道を右折、直ぐ先のバス停付近から半島内の道に入り、反時計回りに廻ろう。
西側の湖岸には、低い堤防と住宅が立ち並んでおり、無数の杭は海苔の養殖場らしい。

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(五味半島西岸から、線路と国道がある北西方向を望む。)

天気も大変良く、湖面も静かに佇んでいる。湖岸には、無数の白い貝殻が散らばっている。
先端の岬に近づく程、徐々に道路も細くなり、自動車がやっと一台通れる位になる。
また、半島の最も高所でも、標高は20m位しかない。

10分程歩くと・・・半島先端部のプリンス岬に到着する。
一段高い台に、南無阿弥陀仏の仏碑と地蔵が安置されている。
湖を見つめ、水難犠牲者の供養と安全を祈願しているのだろう。

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(水難慰霊碑の高台。)

ここは、引佐細江(いなさほそえ、別称・細江湖)と言われる、
浜名湖の北東部の瘤状になった支湖で、都田川が東側から注いでいる。
半島周囲部の水深は2.5m以下、沖の最深部でも、5mから8mと浅い。
また、古くは、万葉集の和歌(歌人不明)にも歌われる昔からの景勝地でもあり、
近くの西気賀小学校には、歌碑があるそうだ。

「遠江(とほつあふみ) 引佐細江の澪標(みをつくし) 吾れを頼めてあさましものを」
(万葉集巻14-3429、作者不詳。)

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(慰霊碑の高台から振り返ると、大展望が広がって見える。)

辺りは、大変静かである・・・波の音が微かに奏でて、とても良い気分だ。
遠くに見える赤い橋は、東名高速道路の浜名湖橋(全長603m、上下2車線)で、
左手が東京方になり、名古屋方に渡り切ると、浜名湖サービスエリアがある。
また、橋のある場所が、浜名湖の本体との接続部になる。

なお、浜名湖は湖水面積約65km²、沿岸長114km、平均水深4.8mの国内十番目に大きな湖で、
本体の浜名湖とそれにつながる四つの水域(支湖)がある。
太古の昔、天竜川が堆積した台地を海が削って谷を作り、約38万年前に入り江となり、
氷河期の終わり頃の約1万年前には、今の浜名湖の原形が作られたそうだ。
現在、海水と真水が混じり合う汽水湖(きすいこ※)であるが、
かつては、浜名湖の方が標高が高かった為、淡水湖だった。
しかし、室町時代中期の明応7年(1498年)の明応地震により、
現在の外海との接続部の今切口(いまぎれぐち)が決壊し、
海水が浸入する様になった為、汽水湖になっている。
なお、特産品としては、全国的に有名な鰻、すっぽん、海苔、牡蠣等の養殖が盛んで、
アサリの潮干狩りが、観光客に人気がある。

岬から東側にぐるっと回ると、小さな漁港と作業小屋がある。
漁師が漁道具の手入れをしていて、挨拶をする。
また、この半島の東寄りの沖合に、航路を示す「みをつくし(澪標)」があるそうだが、
かなり沖合の為か、自分の肉眼では良く判らない。
奥浜名湖商工会細江支所公式HP・観光案内「みをつくし」20番記事

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(五味半島東岸から。)
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(五味半島東岸の漁港には、小さな桟橋がある。)
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(桟橋横には、漁師の作業小屋がある。)

国道に再び接続し、20分程で駅に戻る。
歩いた距離は1,000m程度、浜名湖を手に取る様に楽しめ、大満足だ。

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(国道からの西気賀駅。)

駅には誰もおらず、静かに佇んでいる。
木製のベンチに腰掛けて、次の上り列車を待つ事にしよう。
次の上り列車は、10時06分発になる。



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(※)
海水は1L当たり、約35gの塩分を含む。浜名湖は場所によるが、8gから30gになる。
なお、約1万年前の縄文時代の頃は、海岸線が現在よりも内陸側に入っていた。

2015年12月3日再編集
2016年7月21日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)

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category: 天竜浜名湖鉄道2日目 22話

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