hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【102】遠州湖北と国鉄遺産を訪ねて・・・天竜浜名湖鐡道(5)遠江一宮駅  


下り109列車・新所原行き7時31分発の単行列車がやって来て、
上り210列車・掛川行きと列車交換をし、原谷駅を出発する。

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【停車駅】
原谷731==原田==戸綿==遠州森==円田==748遠江一宮
下り109列車・普通新所原行(TH2104・単行)
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原谷駅から先は、小さな峠のある山間部に入り、登り急勾配になる。
ディーゼルエンジンが力強く唸りながら、大きくS字を描くように登り、
勾配の頂点にある原田駅、太田川畔の戸錦駅(とわた-)、有人の主要駅である遠州森駅、
進路を西寄りに変えて、小さな神社の前にある円田駅(えんでん-)に停まり、
二つ目の長い登り急勾配を登り切って、左にカーブすると・・・
遠江一宮駅(とおとうみいちのみや-)に到着する。

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(天浜線オリジナルの駅名標。)

途中の遠州森駅も、国登録有形文化財の駅舎があるが、下車観光をする予定なので、
一度、掛川駅に戻ってから、訪問しよう。



遠江一宮駅は、遠州森駅から金指駅(かなさし-)まで延伸された、昭和15年(1940年)6月開業、
起点の掛川からは11駅目、16.4km地点、所要時間約30分、所在地は周智郡森町一宮、
標高35mの列車交換設備のある終日無人駅になっている。

この遠江一宮周辺は、100m級の低山の間に川谷が複雑に発達し、町や田畑が広がっている。
なお、地名の「遠江」は、大井川西側一帯の旧国名である。
当時の都であった京都から見て・・・
琵琶湖は近いので、近淡海(ちかつあはうみ)こと、近江(おうみ)と呼ばれ、
浜名湖は遠いので、遠淡海(とほつあはうみ)こと、遠江(とおとうみ)と呼ばれた事が由来だ。
国鉄二俣線時代は、幾つかの駅が、この「遠江」を駅名に冠していたが、
昭和62年(1987年)3月の第三セクター化した際、外された駅が多くなっている。

下り2番線ホーム東側の掛川寄りから、駅全体を見渡すと・・・
大きくカーブした中に駅があり、東西に配されたホームも、緩やかな弧を描いている。
広い構内には、二面二線の千鳥式ホームと木造駅舎があり、貨物側線等は撤去されている。

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(遠江一宮駅全景。)

東の掛川方は、カーブをしながらポイントを通過して、構内に進入する。
隣の円田駅からは、直線の登り急勾配が続いており、登り切った場所がこの駅になっている。
なお、この下り2番線ホームは、後に増設されたそうで、波型トタンの旅客上屋が建てられている。
昭和50年代中頃の国鉄時代には、列車交換設備が無かった模様で、
元々は、駅舎側ホームのみの単式一線の駅だったらしい。

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(掛川方。)

中央部にある構内踏切を渡り、駅舎のある上りホームへ行ってみよう。
ホームの上の屋根はトタンの出庇ではなく、母屋の瓦屋根が降りてきており、
桜木駅や原谷駅よりも、かなり大きい駅舎である。
この駅舎も、開業当時の昭和15年(1940年)の建物であり、国登録有形文化財になっている。
なお、横の土蔵風の瓦葺き建物は、公衆トイレである。

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(下り2番線ホームからの駅舎。)

◆国登録有形文化財リスト「天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅本屋」◆
所在地静岡県周智郡森町一宮字郷戸2431-2
登録日平成23年(2011年)1月26日
登録番号22-0169
年代昭和15年(1940年)3月
構造形式遠江一宮駅本屋(木造平屋建、瓦葺、建築面積139㎡)
特記一宮川橋梁の1,000m北東に位置する。
桁行15m、梁間5.0mの大型木造平屋建。
東西棟の切妻造桟瓦葺で、ホーム側を葺き降ろして吹き放つ。
西を待合室、東を事務所とし、東面南寄りに物置を付属。
外壁を縦向きの板壁とする簡素な駅舎。
テナントが入店し、駅事務室と物置は改装済み。
※文化庁公式HPから抜粋、編集。

天竜二俣方を見ると、1番線ホームの西半分は、盛り土のままである。
下り線路が軽く蛇行した後、スプリングポイントで纏まり、北西の方向に線路は向う。
この不自然なカーブも、下り2番線ホームが増設された名残である。

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(天竜二俣方と不自然な下り線カーブ。)

駅舎の改札口と待合室に、入ってみよう。
約20畳の広さの待合室は、最近になって、改修された様子だ。
状態が非常に良く、掲示物も貼り過ぎていないので、すっきりとした広い待合室になっている。
西側に木製ベンチが残っているが、改札は撤去されている。

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(改札と待合室。)

この駅には、手打ち蕎麦屋「百々や(ももや)」がテナントで入っており、
駅事務室は、原形の雰囲気を壊さない様に、改装されている。
美味しい手打ち蕎麦を提供する店だそうで、結構人気があるそうだ。

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(出札口と手打ち蕎麦屋。)

【手打ち蕎麦屋・百々や(ももや)】
火曜日定休、午前11時から夕方16時(売り切れ次第閉店)、駅前に駐車可。
食べログ静岡(天浜線/遠江一宮駅・百々や)

駅前に出てみよう。
駅前は大変広く、昔ながらの砂利敷きになっている。
また、この駅舎の外壁板は、横向きではなく、縦向きであるのが特徴だ。
蕎麦屋の窓の部分は、大きな二段窓を交換した跡があるが、
待合室のベンチ側の窓には、大きな二段窓が残っている。

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(駅前からの駅舎。)

花紋入り一枚板の立派な駅名標が、出入口上に掲げられている。
その右横に、建物財産票が張ってあるが、しかし、解読を見落としまった。

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(一枚板の駅名標。)

また、この駅には、オリジナル駅マスコットがいる。
名前は、「だいこくちゃん」と言うそうだ。
案内板によると・・・地名の遠江一宮は、遠江国の小國神社(おくにじんじゃ)を
意味しているそうで、一万石もの社領(※)がこの付近にあったそうだ。
小國神社の御祭神は、日本書記で国を創った大己貴命(おおなむちのみこと)こと、
神話「因幡(いなば)の白兎」の兎を助けた、大国主神(おおくにぬしのかみ)である事から、
この駅のマスコットになっている。また、七福神の大黒天(だいこくてん)でもある。

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(遠江一宮駅マスコットのだいこくちゃん。)

なお、小國神社は、創祀1,400年ある地元の大古刹として、鎮座している。
駅から北東に離れた宮川の辺りにあるそうだが、徒歩では遠い様だ。
指定日には、送迎バスが、この駅から発車しており、駅前に小さな停留所がある。
グーグルマップ・遠江小國神社
遠江國一宮小國神社公式HP

駅舎の東側には、広い空き地があり、貨物ホームや貨物側線があったのではないかと想像出来る。
なお、この駅の貨物の廃止は早く、昭和37年(1962年)だそうで、
昭和45年(1970年)には、鉄道小荷物の扱いも中止し、同時に無人駅になっている。
近くの民家も、大変古い様で、屋根がかなり波打っている。

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(駅近くの旧家。)



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※社領(しゃりょう)
江戸時代以前は、寺社に土地を与え、そこで生産される米から租税(年貢)を徴収し、
寺社の運営や建物の建築修繕費に当てた。また、行政権や司法権も行使できた。
※一万石(いちまんごく)
土地は面積ではなく、年間の米の収穫量で与えられた。
一石は米150kg、1kgを現在の米相場の400円とすると、一石は60,000円。
一万石は年間6億円相当になり、そのうちの何割かを租税として徴収した。
一般的な藩領は五割、天領(幕府直轄領)は四割が租税分(年貢)と言われるが、
実際はもっと低かった模様である(社領の租税率は不明)。

2015年12月3日再編集
2016年1月3日再編集
2016年7月13日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)

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category: 天竜浜名湖鉄道1日目 23話

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