hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【95】木造レトロ駅めぐり・・・大井川鐵道2011(12)地名駅 後半の部  


千頭方にある山の無いトンネルは、「日本一短いトンネル」と言われるトンネルだ。
近くに行って、見てみよう。地元の人が使う小道を静かに歩く。

山が無い場所にあるが、昔、この上に貨物用のロープウェイが走っており、
大井川鐵道の列車との接触事故防止用のトンネルである。
トンネルの長さは11mあり、近くの案内看板には「日本一」と明記してあるが、
JR吾妻線の樽沢トンネル(7.2m※)や、国鉄公認の長良川鉄道第十一トンネル(中野トンネル/7.0m)
の方が短い。山が無いと言う事で、トンネルとしての判断は、正直微妙な所だが・・・。

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(トンネル側面と千頭方ポータル。)
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(観光案内板。)

近くで見ると巨大で、上部に草木が生えており、まるでビルの屋上緑化の様である。
両方の出入口が、線路に対して斜めになっており、スプリングポイントがトンネル内に掛かっている。

このロープウェイは、川根電力索道と言い、地名から見て南東にある藤枝市滝沢から、
山を越えて、大正15年(1926年)に地名まで開通した。
更に、昭和5年(1930年)に千頭の上流の沢間まで延伸開通している。
滝沢行きは、木材、茶や椎茸等、沢間行きは、食料品、日用品やセメント等が輸送され、
このトンネルに隣接してロープウェイ駅があったそうだ。
地名からは、大井川沿いの北に向きを変えて、下泉、千頭と経由していた。

なお、鉄道が地方に普及する前は、山がちで川が多い日本の地形に柔軟に対応出来る事から、
貨物用ロープウェイが各地に整備されていた。
東海道の藤枝とこの地名を含む川根地区は、古くから瀬戸谷街道と言う脇街道で結ばれ、
海と山の物資が行き交い、金谷よりも経済的な強い結びつきがあったそうだ。
その為、大井川鐵道よりも先に、経済的立場の有利性や電力開発を期待して建設されたが、
鉄道の輸送量は圧倒的であり、所要時間も半分以下になった為、
大井川鐵道の全開通後の昭和13年(1938年)に廃止されている。

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(トンネルの金谷方ポータル。)

防護トンネルから千頭方へ50m行くと、地名トンネルの出入口になる。
レールがもう一本あるが、トンネル内から下りカーブになっており、
万が一の脱線時は、線路から車輪が外に逸脱しない様にする護輪軌条(逸脱防止レール)である。

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(23kmポスト、地名トンネルポータルと護輪軌条。)

暫くすると・・・千頭駅を発車した上りSL急行列車が、2本連続して通過する。
地名トンネルの緩い勾配をそのまま滑るようにして、通過して行く。

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(C56−44号機牽引の上り臨時SL急行列車。)
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(C10-8号機牽引の上りかわね路号。)

少し時間があるので、駅の周辺を散策してみよう。
駅やホームは平坦地だが、周りは扇状地の傾斜地で坂が急である。
また、地名(じな)の由来は諸説あり、古くは、「篠間(ささま)の郷、神名の里(じんなのさと)」と
呼ばれており、それが由来という一説がある。
中世以降の書物に「字那」、「地那」、「字名」、「地な」と言う記述が残っている。

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(地名の集落。)

此処は、古から人が住んでいたそうで、縄文時代は石斧の生産地だったらしい。
しかし、扇状地と川辺に小山がある為に標高が高く、稲作は不向きな土地であり、
明治12年(1879年)に地名用水が開通するまでは、畑作が中心だった。

また、東海道の藤枝宿からこの地名まで結んでいた瀬戸谷街道は、
大井川の川留め時の緊急迂回路として、幕末には、浪人等が新居浜の関所を敬遠する為に使われた。
この瀬戸谷街道は、対岸の石風呂地区に渡り、現在の遠州森町三倉地区を経由し、
当時盛んだった火除の秋葉山「秋葉大権現」への参拝道にもなっていたそうだ。
秋葉山本宮秋葉神社公式HP

なお、江戸時代は、大井川の渡船や指定場所以外の渡河は厳しく禁止されていたが、
地元住民が所用で対岸の町に渡る時等の場合は黙認されていた。
地名集落と対岸の石風呂集落の間では、直径2mもある大桶を使った渡船が行われ、
それに便乗して、密かに渡河したそうだ。
近世になると、プロペラ船による渡船も行われていたが、廃止されてしまい、川港の跡がある。
また、明治43年(1910年)に建設の東海パルプ地名発電所があったが、
耐震補強の予算が捻出できず、平成22年(2010年)に取り壊されてしまっている。

駅の南にある地名踏切から金谷方は、「地名坂」と言う、
有名な切り通しの20‰連続勾配になっており、SL撮影の有名撮影地にもなっている。
踏切の先にも、崩れた小さなトンネル跡があるが、用途は不明である。

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(地名坂出口と小トンネル跡。)
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(踏切から地名駅。)

そろそろ、駅舎に戻ろう。
駅前のタバコ屋の一角には、出札口があり、硬券切符の委託販売をしている。
不在時や時間帯によっては、発券が出来無いので、比較的入手困難な駅になる。


(地名駅委託出札口。)

待合室に入ると、広さは4畳位、入って右側に数人が掛けられる木造ロングベンチがあり、
左側の出札口は板で塞がれているが、小荷物窓口は残っている。
駅文庫や色々な手作り案内板が雑多にあり、楽しい。

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(出札口と鉄道手小荷物窓口。)
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(金谷方の窓伝いに、木造のロングベンチがある。)

駅舎向かいには、民家風の古い保線小屋も残っている。
大分、草臥れているが、現在も使われている様子だ。

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陽が傾き始める中、16時40分発の上り金谷行き列車が、防護トンネルを潜りやって来る。
名残惜しいが、地名駅ともお別れになる。

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2016年1月21日再編集
2016年6月24日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)
2017年3月15日再編集(画像調整)

【謝意】
地名(じな)の地名の由来について、川根本町教育委員会様よりご教示頂きました。
厚く御礼申し上げます。

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category: 大井川鐵道本線2011 全14話

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