hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【179】信州松代、あるローカル線の最後の秋に訪ねて・・・長野電鉄屋代線(24)屋代駅 その3 しなの鉄道ホーム&駅舎編  


今回は屋代線の旅であるが、しなの鉄道ホームにも、
見事な木造旅客上屋があるので、見学してみよう。

しなの鉄道のホームは、駅舎に面した単式ホームの篠ノ井・長野方面行き1番線と、
島式ホーム一面二線の上田・軽井沢方面行きの2・3番線の二面三線の配置である。
木造旅客上屋があるのは、2・3番線ホームになり、古い客車ホームの擁壁が一部残っている。

IMGP7815.jpg
(しなの鉄道駅舎側1番線ホームから。現在のホームの高さは、1,100mm。)

屋代駅は、国鉄やJR時代は、東京と長野を結ぶ主要幹線だったので、
長編成の優等列車が停車出来る様にホームも長く、立派である。
現在のしなの鉄道の3両編成の電車には、ある意味、贅沢過ぎる設備になっている。

2・3番線の篠ノ井方面側に降りると、直ぐに、木造旅客上屋部分に接続している。
ごく普通の国鉄風であるが、柱や梁が白く塗られているので、
年季による木造の重厚さは無く、軽快さがある。

IMGP7753.jpg

支柱の斜め梁は小さく、構造はシンプルだ。
ストレート葺き屋根になっており、ホーム幅が狭い上に柱が細めなので、スマートに見える。
また、吊り下げ式電光駅名標は、しなの鉄道オリジナルになっている。

IMGP7788.jpg
IMGP7795.jpg

見学をしていると・・・丁度、長野行きの快速電車が発車して行く。
しなの鉄道の元・国鉄115系や169系電車ではなく、元・国鉄189系特急形電車6両編成である。
189系特急電車は、碓氷峠を越えていた名特急「あさま」に使われていた車両で、
まるで信越本線時代の光景である。

IMGP7755.jpg

実は、しなの鉄道所属の169系が、朝夕に長野まで乗り入れていたが、
保安基準の兼ね合いで、篠ノ井駅から長野駅間の乗り入れが出来なくなってしまった。
その為、JR東日本長野総合車両センター所属の189系が、代走しているとの事。

ホームの北端に向かって歩くと、木造部分は終わりになるが、
Y字に曲げた古レール柱の延長部が接続している。此方も弥次郎兵衛の様で、面白い。

IMGP7772.jpg

終端部の切羽は菱形木造板で、屋根に上がる為の鉄製梯子も付いている。
また、駅舎側1番線ホーム上には、背の高い60kmポストが設置されており、
現在のしなの鉄道の起点駅である軽井沢駅からの距離を示している。

IMGP7778_201601131010498bd.jpg

白ペンキが塗られており、見つけ難いが、古レールの刻印を探してみる。
あった・・・「丸Sマーク NO 60 A 1911 VI(? やや不明瞭)」、
明治44年(1911年)6月製造・八幡製鉄所製・30kgレール・高速線用ARA-A規格の
100年前のレールである。

明治34年(1901年)から、国産レールを製造している八幡製鉄所製の初期レールで、
重さはヤード当たりのポンド表示であり、メートル当たりkg換算は、ほぼ半分の値である。
製造月は、後年に見られる棒表示では無く、ローマ数字になり、丸Sマークは八幡製、
”NO”は、単にナンバーの意味になる。
なお、30kgレールと言うと、現在の線路規格では使われない軽量レールであるが、
戦後の昭和30年代でも、幹線は37kgレールが基本であったので、
かつての信越本線に使われていたレールかもしれない。

IMGP7774.jpg
(※正向きに90度回転済み。)

北側の篠ノ井・長野方は、ホームに面した本線・副本線の三線と、屋代線ホーム側に側線1本があり、
ポイントで纏まって複線になると、屋代線の単線と共に三線並走区間となる。

IMGP7780.jpg

ホーム反対側の南側に、行ってみよう。
跨線橋よりも南側は、現代風の鉄骨造旅客上屋になっている。
この屋代駅2・3番線ホームは、三種類の旅客上屋が同居しており、面白い。

軽井沢方は、直線が続いている。
ホームの嵩上げは6両分までで、本来、このホームの長さは12両分・約250mある。
左手の大きな建物が、車両整備部門の長電テクニカルサービス屋代工場の検修庫である。

IMGP7806_201601131012559d6.jpg

3番線隣の側線には、廃車になった元・国鉄169系S54編成が留置されており、
車番は、篠ノ井方から、「クモハ169-13+モハ168-13+クハ169-13」である。
JRからしなの鉄道に移管された際、169系4編成12両が譲渡されたが、
この編成だけが廃車になっている。今は、部品取り車になっているのだろう。

IMGP7808.jpg

なお、国鉄時代は、上野発の急行列車が、湯田中まで直接乗り入れていた。
屋代線の電化は、大正15年(1926年/昭和元年と同じ)と早く、
国鉄信越本線の電化は、碓氷峠区間の横川-軽井沢間は明治45年(1912年/大正元年)、
高崎-横川間が昭和37年(1962年)、軽井沢-屋代-長野間は昭和38年(1963年)だった。
昭和36年(1961年)から運行された長野行き直通急行「志賀」は、
翌年から屋代線に分割乗り入れを開始し、当初は、キハ57急行形気動車で運行されたそうだ。
その後、急行「志賀」は電車化し、昭和57年(1982年)まで運行されていた。

跨線橋に戻り、1番線ホームに接続している改札口に行こう。
国鉄時代の重厚な改札口の面影はなく、普通の出入り口風になっているので、改札の感じがしない。
一応、木で装飾された改札詰所があるが、普段は使われていない様子だ。
なお、この屋代駅の開業は、官営鉄道時代の明治21年(1888年)になる。

IMGP7792_20160113101614c53.jpg
IMGP7831_20160113101617577.jpg

なお、屋代駅では、有効な切符や入場券を持っている場合でも、
1時間以上のホームの滞在は禁止になっている。
かなり厳しい警告なので、過去に心無い鉄道ファンが問題を起こしたのではと思う。
鉄道会社や一般客には、迷惑をかけない様にしないといけない。

改札右手の待合室は元・国鉄主要駅らしく広く、
千曲市民ギャラリーが併設され、市民の写真や絵画等の作品の展示もしている。
待合室向かいの北側には、駅事務室、出札口、自動券売機と、
駅コンビニエンスストアが撤退した為、屋代駅ウェルカムステーションと言う売店が入っている。
千曲商工会議所の運営で、地元物産品や地元産野菜の即売等を行なっているとの事。
(平日7時-19時、土日祝8時-17時、毎週水曜日定休。)

IMGP7827_20160113101615fff.jpg
IMGP7828.jpg

駅前に出てみよう。
駅舎は近代的な平屋建てで、中央部分に大きな三角屋根が付いている。
大きなロータリーに面し、駅前通りから、国道18号線「北国街道」に接続している。

IMGP7818.jpg
IMGP7822.jpg

時刻は、8時を過ぎた所だ。
屋代線上り8時12分発須坂行きに乗車し、再び、松代駅まで行こう。
フリー乗車券を改札係に見せて、直ぐに5番線に向かう。

IMGP7832.jpg



にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ

2016年1月13日再編集
2016年8月21日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)

© hmd all rights reserved.
記事や画像の転載、複製、商用利用等は固くお断り致します。

category: 長野電鉄屋代線2日目 9話

thread: 鉄道旅行 - janre: 旅行

tb: --   cm: --