hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅

のんびりローカル線の鉄道旅を、写真を中心に「見る紀行文」で長期連載しています。

【36】清流長良川と奥美濃を訪ねて・・・・長良川鉄道(1)美濃太田駅  


昨晩は、美濃太田駅南口の駅前のシティホテルに宿泊し、夜も静かで、良く休めた。
美濃三鉄めぐりの旅の2日目は、長良川鉄道の訪問である。

朝5時に起床。朝食は抜きにして、長良川鉄道の朝一番の列車に乗車しよう。
乗り鉄の基本は、長時間乗る為に「朝早起き、一番列車乗車。」がポイントだ。
空は曇りがちだが、日中は晴れて暑くなる天気予報である。

時刻は6時になり、チェックアウトをして、駅に向かう。
美濃太田駅は美濃加茂市の玄関駅であるが、市町村合併の為に駅名が市名と一致していない。
木曽川と飛騨川が合流する場所にあった中山道六十九次・五十一番目の宿場である太田宿が、
駅名の由来なっている。なお、現在の市人口は約5万5千人だそうだ。

この地は、古くから集落があったとの事だが、江戸幕府が全国に五街道を整備した際に、
中山道の宿場を設けてから急速に栄え、後に尾張藩の代官所も置かれたそうだ。
当時は、近くを流れる木曽川に橋が架けられておらず、「太田の渡し」と言われる川渡し場であり、
増水時に川留めとなってしまう、中山道の三大難所のひとつだった。
因みに、旧中山道の三大難所とは、崖に沿って木で造った道であった「木曽の桟(かけはし)」、
国鉄信越線の難所でもあった軽井沢の碓氷峠と此処の太田の渡しである。



美濃太田駅の駅舎は、最近建て替えられた様子で、綺麗で近代的な駅になっている。
国鉄が分割民営化になって20年を超え、昭和中期以前に建てられた主要駅は、建て替えが多い。
国鉄の遺産が徐々に無くなっているが、これも致し方無いだろう。

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(美濃太田駅南口。)

駅舎には、南口と北口を結ぶ自由通路が、設けられているので、階段を登る。
自由通路から、東の方角の高山方を望むと、二面四線のJRホームと側線がある大きな駅で、
JR高山本線、JR太多線(たいた-)と長良川鉄道の三線の乗換連絡駅になっている。
この先を直進すると、中央西線の多治見方、左にカーブすると、高山本線の高山方に行く。

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(自由通路コンコースから、東側を望む。)

自由通路に掲げてある駅周辺の観光地図を見ると・・・
駅南側の木曽川沿いに、中山道太田宿があり、歴史的観光地になっているそうだ。
時間があれば、見に行きたい所である。
美濃加茂市観光協会 公式HP

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長良川鉄道のホームの入り口は、自由通路コンコースの北端にあるので、この階段を降りよう。
改札は無く、階段を降りた正面に、駅事務室と自動券売機が設置されている。
ホームは3両程度の単式一線で、朝9時から夕方17時30分までの時間限定の有人駅になっている。

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(階段等は、駅改築時にリニューアルされている模様。)
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(左上のNのマークは、長良川鉄道の社章になる。)

長良川鉄道は、路線が長い割には利用客が少なく、経営が大変厳しくなっている為、
以前よりも運行本数を減らして、沿線自治体から支援を受けている。
大凡、毎時1-2本の運転であるが、午前10時台と正午12時台の発車の列車は無く、
終点の北濃駅までの列車は1日下り7本で、他の列車も、途中の美濃市駅止まりが多くなっている。

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此処で、長良川鉄道の概況と略歴について、簡単に触れておきたい。
長良川鉄道は、国鉄末期の赤字ローカル線・第二次地方特定交通線だった旧国鉄越美南線を、
昭和61年(1986年)12月に第三セクターに転換した長大ローカル線である。
美しく水量が多い長良川に沿って北上し、刃物の名産地の関、美濃の町家がある美濃市、
水の城下町の郡上八幡など、沿線は風光明媚で、観光資源に恵まれた路線でも有る。
国鉄時代は、九頭竜湖まで鉄路を延ばした越美北線と、白鳥町石徹白(いとしろ)経由で接続し、
両線合わせて150km近い縦断線となる大構想もあったが、
越美北線の工事が戦後まで大幅に遅れた事や国鉄末期の赤字で工事は中止となり、
夢となってしまっている。



◆路線データ◆
第三セクター鉄道、旧国鉄越美南線、美濃太田駅から北濃駅間、路線キロ72.1km、
所要時間約2時間、軌間1,067mm(狭軌)、全線非電化、全線単線、駅数38駅。

◆略史◆
大正12年(1923年) 国鉄越美南線として、美濃太田駅から美濃町駅(現・美濃市駅)開通。
昭和4年(1929年) 順次延伸開通しながら、郡上八幡駅まで開通。
昭和8年(1933年) 順次延伸開通しながら、美濃白鳥駅まで開通。
昭和9年(1934年) 現在の終点である北濃駅まで開通。
昭和49年(1974年) 鉄道貨物全廃。
昭和59年(1984年) 第二次地方特定交通線に指定され、廃線対象になる。
昭和61年(1986年) 長良川鉄道として、第三セクターに転換。
平成4年(1992年) トロッコ列車運行開始(平成15年まで運行)。

長良川鉄道ホームで待っていると、高山方からキハ40系5000番台の5両編成が、
ディーゼルエンジンを轟かせながら、南側から向かいのJR4番線ホームに入って来る。
太多線の美濃川合駅近くに、国鉄時代の美濃太田機関区の流れを組む美濃太田車両区があり、
そこからの送り込み列車である。

なお、美濃太田機関区は、昭和7年(1932年)4月に設置された大きな機関区で、
蒸気機関車時代は、中型テンダー式蒸気機関車のC50形やC58形等が配属され、
12線もある扇形車庫、大型給炭槽や大型クレーン等が配されていた。
無煙化後は、国鉄形気動車やディーゼル機関車が配され、
現在は、JR東海の非電化路線の大車両区として、気動車を中心に配属している。

手前の2両編成は高山行き、後ろの3両編成は回送送り込みらしい。
なお、この5000番台は、元・500番台の寒冷地&空気ばね仕様改造車で、
ハイパワーなカミンズエンジンに換装され、鈍重と揶揄された走行性能も改善されている。

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(高山行き先頭車のキハ40-5501の後には、片運転台のキハ48-5511が連結されている。)

そろそろ、長良川鉄道の入線の時間に近づいてきた。
6時10分になると、発車を待つ高山行き列車の横から、あずき色の気動車がやって来る。
勿論、ローカル線お約束の1両編成の単行列車である。

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あずき色の軽快気動車が、長良川鉄道ホームに到着する。
富士重工製の第三セクター向け軽快気動車であるナガラ300形(305)は、
明知鉄道のアケチ10形と基本的に同じであるが、車長が1m長い16mになっており、
側窓も1枚多い、6枚仕様になっている。

長良川鉄道は、路線キロが72.1kmもあり、終点の北濃駅までは、約2時間の長丁場である。
なお、このナガラ300形には、車内トイレが無いので、乗車前に済ましておこう。

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ステップを上がり車内に入ると・・・
セミクロスシート車だが、シート配置が左右対称ではなく、千鳥配置になっている。

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運転台は、富士重工業製軽快気動車LE-DCの標準的な仕様であり、
明知鉄道のアケチ10形とほぼ同じデザインである。
長良川鉄道は山線では無いので、ブレーキハンドル手前の抑速ブレーキスイッチは無い。
また、運転台横のU型の変わっている部品は・・・後でのお楽しみだ。

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愛想の良い中年の運転士氏に、挨拶をして、1日フリーきっぷ(土日祝日のみ/大人2,000円)を
お願いした所、途中の関駅の到着時に、駅員氏から発券するそうで、そのまま乗車して大丈夫との事。
列車無線を使い、関駅に予め発券依頼の連絡してくれるそうだ。
また、出発までの時間、運転士氏から、沿線の車窓や観光情報の話を聞く事も出来、お礼を伝えた。



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2015年11月22日再編集
2015年12月20日加筆
2016年6月2日再編集(文体変更・文章追加・画像整理)

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category: 長良川鉄道 全22話

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